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現実エスケープ

第9章 ガラス張りの喫煙所




19時過ぎ。
仕事終わりに、私は会社の最寄り駅前の喫煙所にいた。
ガラスの仕切りで囲まれた狭い空間。
珍しく、他に人もいないのをいいことに、のんびりと煙草に火をつける。

夜風を浴びながら、一人で静かに紫煙を吐き出す。
屋上と違って、ここには太陽もなければ、ベンチもない。
ただの殺風景な立ちのぼる煙の空間だ。

2本目の煙草に手を伸ばそうとした頃。
ガラスの仕切りの外から、ひょっこりと見慣れた顔が覗いた。
 
「あー、やっぱり言わないかー。残念」
 
「うわっ、びっくりした……! 帰ったんじゃないの?」
 
ビジネスバッグを肩にかけた結城くんが、残念そうに肩をすくめて立っていた。
 
「いや、アズサさん見かけて、ずっと後ろの方で待ってたんですよ。
 『あーあ、どっかにイケメン落ちてないかなー』って、
 いつもの独り言をブツブツ言い出すのを」
 
「は? 待ってたって、わざわざ?」
 
「そうですよ。
 屋上以外でもあの独り言言うのかなーと思って、
 仕切りの外でスタンバイしてたんですけど。
 全然言わないから痺れ切らしちゃいました」
 
楽しそうに、でも本気で残念そうに言う結城くんに、
私は眉をひそめて即座にツッコミを入れた。
 
「言うわけないでしょ!
 こんな公共の場で独り言ぶつぶつ言ってたら、ただの危ない人でしょ!
 屋上は周りに誰もいないから言ってるの!」
 
「えー、いいじゃないですか。
 言ってくれたら俺がすぐに『ここに落ちてますよ!』って飛び出して、
 プレミアム仕様の優しさを提供できたのに」
 
「飛び出してきたら余計に危ない人たちでしょ。
  あと、あんた、背は高くないし、お金持ちでもないし、長男だし、頭良くないし、性格キツいし、顔は整ってるけど私のタイプじゃないって、自分で言ってたじゃない」
 
我ながら完璧な記憶力で、
結城くんの「タイプじゃない要素」を全弾撃ち込んでやった。
 
よし、これで黙るだろう。
だが、結城くんは自分の煙草に火をつけながら、楽しそうに目を細めた。

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