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現実エスケープ

第8章 昨日髪切った?




「あーあ、どっかに『私を世界一甘やかすためだけに生きてて、かつ私のちょっとした変化にすぐ気づくイケメン』、落ちてないかなあ」
 
残業が少しだけ長引いた、19時過ぎ。
すっかり暗くなった屋上で、私はフェンスに寄りかかりながら呟いた。
今日はいつかのあの日のようにベンチは冷たい。
 
「アズサさん、また条件追加してますね。
 気づいてますよ、髪、ちょっと切りましたよね?」
 
カチッ、とライターの音がして、暗闇に小さなオレンジ色の火が灯る。
私の隣に立つ結城くんは、いつものように私の変化を秒で言い当てた。
 
「……気づいてたんだ」
 
「当然です。
 俺、アズサさんに関してはめちゃくちゃ観察眼鋭いですから。
 どうです? 今、超優しくないですか、俺」

いつもの、からかうようなドヤ顔。
でも、真っ暗な夜の屋上で、
私の小さな変化をちゃんと見てくれていたことが、なんだか無性に嬉しくて。
私はココアの缶を両手で包んだまま、ほんの少しだけ顔を伏せて、小さく呟いた。
 
「うん。ありがと」
 
本当に、ほんの少しの、素直な言葉。
すると、隣の気配がピタッと止まった。
 
「……え」
 
結城くんの、間抜けな声。

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