第2章 〈過去編〉奇妙な演者
眼鏡をかけた大柄の男が、台本を持ったまま彼女の近くへ来た。
演劇部の顧問で、誰よりも彼女の実力を買っている人物の1人だった。
「いや〜急遽、代打で男役を頼んだ時は、申し訳ないと思っていたけど、君に頼んで正解だったよ」
「いえ。私も正直、満更ってわけじゃ無かったですし。問題無いです」
零は謙って、自分が主役として成り立ったのは、皆のおかげだと言う。
「いやいや、君は1年の時から、誰よりも稽古に熱心に励んでいたし、放課後も自主練で……何だっけ?」
「合気道、ですか?」
「そうそう!演者として良いパフォーマンスをするために、君ほど熱心な子は中々いないよ。当然の努力の結果だ」
一方的に話しかけられて、当の本人の零は頷いたり曖昧な返事で受け流す。
つつじ零。中学2年生。
身長 167cm。体重56kg。
趣味 合気道と読書。
銀に近い白の短髪に、黄金色の瞳が特徴的。
演劇部 副部長。
ここは、かつて梅宮や零の兄が通っていた中学校でもあり、今や彼女は1年生の指導にもあたる立派な先輩だ。
現在、演劇部のエースとして注目されており、さらに演劇部では前代未聞の、男型の役を担っていた。
事の発端は、先月の5月頃。
体育祭のイベントで、男子演劇部員の1人が足を骨折してしまったのだ。
今のシーズンは、地元の公会堂で一般公開するお芝居の稽古で大事な時期でもあり、数ヶ月前から念入りに準備していた。
なので代打を決める必要があったが、中々適任が見つからなかった。
入学して3ヶ月足らずで間もない1年生は経験が浅く、2年生には役柄にあった体格のメンバーがおらず、3年生は受験勉強で手の空いている部員がいない。
そこで、体格が大きめの彼女に、白羽の矢が立ったというわけだ。
「女が男役ってのも、未だ無い試みだが、副部長で皆の手本としても申し分ない実力を持っている君だからこそ、お願いしたい。やってくれないか?」
顧問がダメ元でお願いしてみると、零は二つ返事でOKした。
「違う自分になりきるっていうのは、案外、楽しいものですからね」
辛い現実を見て経験してきた彼女だからこそ、何かに没頭することで愉悦を感じる。
彼女にとって、演劇とは、願いそのものでもあった。