第3章 過ぎた日
人混みの中、アグレイスは先頭に立って進んだ。怪我の重い二人に負担がかからないように、そう考えて進んだ場所だった。--が、結果は逆だった。
酒瓶を手にした若者が、大股で人混みを割って進んでくる。
衝突しかけた瞬間、肩に腕を回された。
「人、多すぎだろ。こりゃ店は無理か」
レノはアグレイスの肩を抱いたまま、周囲を一瞥する。
体重を預けられ、アグレイスは礼を言う機会を失った。
「先に行く」
「任せたぞっと」
前に出かけたルードが足を止めた。アグレイスが彼の服を引いていた。
「ルード、端の方に行ける?」
大通りを逸れた小道で、ルードが彼女を見下ろす。
「なんだ」
彼女は一歩距離を詰め、おもむろにルードのコートのボタンに手をかける。
ルードがその腕を掴むと、アグレイスが顔を上げる。
「傷、開いてるでしょ?」
「いや……なっ!」
「ウソつきはこうだ!」
回り込んでいたレノが、ルードを羽交い絞めにする。端から抵抗する気のないルードは大人しく身を任せ、白い息を吐いた。
「……好きにしろ」
許可を得たアグレイスが、コートを開く。見慣れた黒いスーツの腹部が他よりも濃い色をしていた。彼女は手を翳し、目を閉じた。
「ケアル」
小さな声が喧騒に紛れる。
淡い光が柔らかく、ルードを包んだ。
「すまない」
ルードに向かって満足気な表情を見せた、直後、彼女の膝が崩れた。
倒れ込む体をレノが支えに回る。
「おい、無茶すんなっての」
低い声。
回された腕に力がこもる。彼女が倒れる前よりも、確かで--少しだけ優しい。
アグレイスは小さく笑い、懐から取り出した菓子を、半ば強引にレノの口へ押し込んだ。