第3章 過ぎた日
疲れ果てた身体は、冬の空気に混じった甘い焼き菓子の匂いに、思わず足を止めた。
カウントダウンの響きにつられて見上げれば、赤と金色に彩られたもみの木に光が灯る。星屑のような瞬きに思わず見入ってしまうのも、無理はない。
手を繋ぎ歩く男女。
大事そうに箱を抱えた子供を、温かい目で見守る夫婦。
伸びた列を忙しなく整える店員たちも、その瞬間だけは手を止めていた。
行き交う人々は皆、アグレイスと同じように、灯りを仰ぎ、満面の笑みで祝いの言葉を交わしている。
チリン、チリーン
赤い服を着たサンタが、腕を上げて緩慢にベルを鳴らした。
「ふぁあああー」
アグレイスの視線が街の灯りから、自然と隣へと移る。
サンタ帽を被ったレノが、大きく口を開けて欠伸をし、腕を伸ばしていた。
「まずは飯だ」
その後ろには、トナカイの角と赤鼻を付けたルード。
黒のサングラスがそのまま残されているのが、妙にちぐはぐで笑いを誘う。
大層目立つ二人組だが、この浮かれた街の中では、違和感なくしっかりと溶け込んでいた。
「私の分は?」
「待ってりゃ誰かが買ってくれると思ってんのか? あーあー、いつまでお姫様やってんだ」
口ではそう言いながら、どこで調達したのか、まだ温かい焼き菓子の袋をアグレイスに押し付ける。
「ありがとう」
「ん、どういたしまして」
触れたほんの一瞬に、レノの手が存外冷えていることを知った。
それを追って、手を伸ばしかけた、その時--
ちょうどよく、三人の腹が鳴る。
「腹が減った」
ルードが、二度目の空腹を淡々と告げる。
黒い服に隠れて目立たないが、抑えたとはいえ相当な血を失った傷がある。
世間はクリスマスに浮かれているが、三人は難攻不落ともいえるミッションを、命からがら終えた直後だった。
一年に一度の灯りを、もっと眺めていたい気持ちはある。
だが身体の方が、それを許してくれそうにはなかった。