第5章 自覚
何で治兄の名前が出てくるのだろう、と疑問が浮かぶも、正直、それどころではなかった。
多分、今、その名を口に出してしまったら。
既に頭をフル回転させていても、如何してこのような状況になったのか判っていないのに、更に自身の想像が着かない域に足を踏み入れてしまう事になるーーー
このことだけは、正常に理解できたアリス。
理解できたのだけれどーーー
「返事は?」
再び耳元で話され、ビクリとする。
それでも中也の腕の中で大人しく収まっているのは、この行為自体、嫌ではないという事を自覚させるには充分すぎるものだった。
ーーー本当に嫌ならばこうなる前に『ワンダーランド』が発動することは、アリスは自覚しているからだ。
然し、恥ずかしさのあまり声を発することが出来ないアリスは、顔を真っ赤にさせながら中也の問いにコクコクッと頷くのであった。
「……。」
自身の腕の中に大人しく収まる少女をみて、中也も思考を巡らせていた。
慣れない行動を取られたが故に、冷静ではないか。
或いは、本当に今告げた言葉を理解したのだろうか。
今は、此処までが限界だろう。
忌々しい男の名前を出して否定してこなかっただけで充分だと思うことにした。
中也は、真っ赤になったアリスの頬をスルリと撫でて、漸くアリスを解放した。
それでも、言質だけは取っておきたい衝動に駆られた中也は、
「今云った言葉、忘れンなよ」
真っ直ぐアリスの目を見て、そう告げたのだった。
既に赤い顔をさらに赤らめて。
アリスは再びコクコクと頷いて見せる。
それをみて満足したのか、中也は小さく笑った。
「風呂入ってくる。アリスは如何する?」
「わっ、私も『狂ったお茶会』でお風呂入ってくる!」
「その方が安全だな」
よしよし、と頭を撫でると、中也は風呂の準備をして部屋から出ていったのだった。