第6章 春夏「秋」冬
しばらく進んだあと、直哉は廊下の一番奥で立ち止まった。
他の部屋より少し広い造り。
磨かれた木製の引き戸へ片手を掛ける。
直哉「入りぃ」
「失礼します。」
夕暮れの光が静かに差し込み、広い和室を淡く照らす。
整えられた室内。
香木の匂い。
床の間には古い掛け軸。
静かで綺麗な部屋なのに、どこか息苦しい。
直哉は上座へ気怠げに腰を下ろす。
片膝を立てたまま、頬杖をつき、蘆屋を見た。
その視線は、相変わらず人を試すみたいに鋭い。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは直哉だった。
直哉「……で?」
低い声。
直哉「真希ちゃんがなんなん?」
蘆屋は小さく息を吸い、持ってきた書類を鞄から取り出した。
机の上へ静かに置く。
「真希さんは、まだ未成年ですので。」
淡々とした声音。
教師としての顔だった。
「進路希望に関しては、一応ご家族への報告と承諾が必要になります。
今回は、本人の意思を尊重した上で、私が代理として伺いました。」
そう言いながら、書類を一枚抜き出す。
そして、すっと直哉の前へ差し出した。
「こちらにサインを頂ければ。」
直哉はすぐには受け取らなかった。
頬杖をついたまま、じっと蘆屋を見る。
視線だけがゆっくりと首元へ落ちた。
ほんの少し薄く残る痣。
それを眺めながら、直哉はふっと笑う。
直哉「へぇ。」
興味なさそうに返しながら、ようやく書類を手に取る。
紙をぱらりとめくる音。
しかし直哉はサインをする気配を見せなかった。
書類を床に落とし目を細める。
直哉「……で?」
「?」
直哉「先生は何してくれるん?」
直哉は座ったまま、わざと見上げるようにを見る。
その目は露骨だった。
値踏みするみたいに。
見下すみたいに。
直哉「まさか、なんもナシにいけると思っとるわけやないよな?」
くつくつ、と喉で笑う。
直哉「前回、何を学んだん?それ」
首を指さす
直哉「真希ちゃんの希望通したいんやろ?
ほな、それ相応の“お願い”の仕方ってもんがあるやん。」
その声音は柔らかい。
障子の向こうで風が吹き、庭の木々がざわめいた。