• テキストサイズ

色彩を拒んだ瞳に、最強の影を

第5章 春の終わり、あるいは爆弾


旧調査兵団本部――古城。

長らく放置されていたその場所は、一歩踏み込むだけで埃が舞い、兵長の眉間の皺を深くするには十分すぎるほど汚れていた。

「……汚ねぇ。全員、死ぬ気で磨け。塵一つ残すな」

その号令と共に、私たちの新しい日常は最悪な掃除地獄から始まった。

「ほら、エレン。サボってると兵長の蹴りが飛んでくるわよ」

ペトラ先輩が、慣れない手つきで雑巾を絞る少年に笑いかける。

エレンと呼ばれたその少年は、私と同じ――あるいは一つ下くらいの、ひどく真っ直ぐな瞳をしていた。

「はい! すみません、すぐにやります!」

威勢の良い返事。眩しい。

こういう「生」のエネルギーが強い人間は苦手だ。

「……おい、ノア。ぼーっとしてんじゃねぇぞ。お前がこのガキの指導係なんだろ。まずは窓の拭き方から叩き込んでやれ」

通りすがりのオルオ先輩が、わざとらしく兵長の真似をして指示を出してくる。

「……わかっています。言われなくても」

私は小さく溜息をつき、エレンに近づいた。

「……そこ、角に埃が残ってる。兵長に見つかったら、部屋全体をやり直しにされるから」

「あ……。すみません、えーと……」

戸惑うエレン。そりゃそうだ、名乗りもしていない。

「ノア。……先輩とは呼ばなくていい。勝手に教えてろって言われただけだから」

「あ、はい! よろしくお願いします、ノアさん!」

丁寧にお辞儀をされ、私は思わず顔を背けた。

ペトラ先輩がそれを見て、くすくすと楽しそうに笑っている。

「ふふ、ノア。照れてるの? 可愛い後輩ができてよかったじゃない」

「……照れてなんていません。不愉快なだけです」

否定しながらも、私は手にした雑巾を強く握りしめる。

賑やかな声。埃っぽい空気。

色彩を欠いた私の視界に、彼らが勝手に色を塗りたくっていくような、言いようのない不安が胸の奥でざわついていた。
/ 39ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp