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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第2章 再会を待つ風


尚隆に連れられてやってきたのは宮廷の中でも一際高く、雁州国の山々を一望できる静かな場所だった。
眼下には雲海が広がり、心地よい風が吹き抜けていく。
尚隆は欄干に背を預けてゆったりと腰を下ろすと、長い足を投げ出して目を閉じた。



「さて。これまでの激務での疲れが、一気に吹き飛ぶようなやつを頼む」


「はい……。精一杯、歌いますね」



は一歩前に出ると、深く息を吸い込んだ。
空の色、風の匂い、そして目の前にいる男の存在。
それらすべてを愛おしむように、彼女は唇を開いた。




ーーーーー♪



風に乗せて放たれたその歌声は瑞々しく、透き通っていた。
日本語の歌詞に込められた郷愁と、再会できた喜び。
その旋律は宮殿の石造りの壁に溶け込み、空の彼方へと吸い込まれていく。



尚隆は閉じた瞼の裏でその美しい歌声を聴いていた。
ただの海客の娘の歌。
けれど、この歌声は王という重責に縛られた彼の魂を、一瞬だけ自由な空へと解き放ってくれるような気がした。


歌が進むにつれ、尚隆の眉間の皺がゆっくりと解けていく。
吹き抜ける風が彼女の萌葱色の衣を揺らし、歌声と共に宮廷を清めていくようだった。




歌い終え静寂が戻った後も、はしばらく余韻の中にいた。
ふと前を見ると、尚隆が薄く目を開け満足げに彼女を見つめている。



「……半月分の疲れが吹き飛ぶくらい、効いたな」


「……少しでも元気になっていただけたなら、嬉しいです」



二人の間に流れる時間はかつて妓楼で過ごした絶望の夜とは違い、穏やかで優しいものだった。



「どうだ。ここでの生活には慣れたか? 何か足りないものや、不自由なことはなかったか」



尚隆は風に目を細めながらを見つめた。
その問いかけは、とても優しい響きを帯びていた。



「不自由だなんて……。むしろ、私には申し訳ないほどに良すぎるくらいです。毎日美味しいものをいただいて、優しい方たちに囲まれて……。本当に、ここでの生活は夢を見ているみたいで……」



は袖をそっと握りしめた。




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