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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第2章 再会を待つ風


妓楼での泥のような日々を思えば、ここは天国そのものだ。
けれど、贅沢な生活に慣れるほど、心の奥にある疑問が膨らんでいくのを止められなかった。



「……あの、尚隆様。どうして、私にそこまでしてくださるのですか? 私はただの海客で、何か特別な力があるわけでもないのに……」



不安そうに揺れる瞳。
彼女はここへ連れてきた本当の理由を知りたがった。
尚隆はふっと口角を上げると、迷いのない声で言った。




「一目惚れしたのさ。お前さんの歌声にな」




「え……?」


「あの薄暗い妓楼で、絶望に震えながら、それでも気高く響いていたお前の歌声だ。あんなものを聴かされて、放っておけるほど俺は物分かりが良くない。……理屈じゃないのさ」



尚隆はそう言うと、屈託のない笑みを彼女に向けた。
その笑みは陽だまりのように温かく、同時にすべてを射抜くような強さを持っていた。
不意にその眼差しを真正面から浴びたは、心臓が跳ね上がるのを感じた。



「っ……」



胸の奥が熱く疼くようにときめく。
顔に血が上り、頬が赤く染まっていくのを自覚した。



「これからも……俺のために、歌ってくれぬか? お前の歌があれば、どんな退屈な公務も、朱衡の説教も、笑って聞き流せる気がする」



茶目っ気たっぷりに告げられた言葉。
は恥ずかしさに俯きながらも、消え入りそうな声で応えた。




「私、でよければ……いつでも、喜んで。……尚隆様が、私の歌を必要としてくださるなら」


「そうか。なら、契約成立だな」



尚隆は満足げに頷くと、そっと彼女の頭に手を置いた。
大きな手のひらから伝わる体温が、の心をさらに深く揺さぶる。



雁州国の空の下、王と海客の娘の間に、甘く静かな約束が結ばれた瞬間だった。





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