第2章 再会を待つ風
「お前を助けたのは、王としてではない。俺が、俺の意志でそうしたかっただけだ。宮殿の中じゃ確かに王だが、お前の前ではただの『風漢』だ」
「でも……」
「『でも』も『しかし』もなしだ。朱衡ならいざ知らず、俺はお前に畏まられるために連れてきたわけじゃない。……それに、そんなに震えられたら、俺がただの悪党みたいじゃないか」
尚隆が困ったように笑うと、は恐る恐る顔を上げた。
目の前にいるのは確かに威厳を纏った王だ。
けれど、その瞳に宿る温かな光はあの夜、絶望の中にいた自分を見つけ出してくれた「風漢」そのものだった。
「ほら、立て。お前の歌、微かだがこちらにも届いてたぞ。女官たちが揃いも揃ってお前の味方になっちまって、俺の立場がないくらいだ」
「……皆さんには、とても良くしていただいて……ありがとうございます、尚隆……様」
慣れない呼び名には頬を赤らめた。
そんな彼女を見て、尚隆は満足げに目を細める。
半月の激務を乗り越えようやく手に入れたこの安らぎに、彼は心底から安堵していた。
「……お前さんを迎えるに辺りを、半月も缶詰で公務に励んだんだ。正直、もう心身ともに限界で、脳みそが腐って耳から垂れそうだ」
尚隆はそう言って、わざとらしく首を左右に鳴らした。
冗談めかしてはいるが、その双眸に滲む疲労の色は隠しきれない。
「久々にゆっくりとお前の歌が聴きたい。……俺のために、歌ってくれぬか?」
唐突な請いだった。
真正面から見つめられ、は一瞬で顔を赤くした。
王宮の女官たちに歌うのとはわけが違う。
自分を救ってくれた当人を前にして、緊張に喉が震えそうになる。
「私ごときの歌でよろしければ、いくらでも! 尚隆様が望まれるなら、喉が枯れるまで歌います!」
必死に頷く彼女に対し尚隆は少しだけ眉を寄せ、呆れたように鼻で笑った。
「『ごとき』と言うな。お前の歌には計り知れないほどの価値がある。……少なくとも、俺にとってはな」
「価値があるなんて……。ありがとうございます」
これ程に無いくらいの褒め言葉に、の胸が温かな充足感で満たされる。
彼女はこぼれるような笑みを浮かべ、前を歩く尚隆の後に続いた。