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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第1章 海客の少女


「わかります……。あなたも、仙なんですか?」


「ええ。私は朱衡と申します。この国の王に仕える官吏です。……王の命により、あなたを保護しにお迎えに上がりました。さあ、こちらへ」



朱衡が穏やかに笑い手を差し出す。
だが、はその手を取るのを一瞬躊躇い俯いた。



「あの……ありがとうございます。でも、私……約束したんです。ある男の人が、必ず助けに来てくれるって。だから、ここで待っていなきゃいけない気がして……」



風漢のあの大きく暖かな手の感触が忘れられない。
あんなに熱心に「また来る」と言ってくれた彼を差し置いて、知らない人について行っていいものだろうか。
朱衡は一瞬呆れたような光を宿したが、すぐに困ったような苦笑いを浮かべた。



「……その『男の人』のことなら、ご安心ください。実は、私をここへ寄越したのは、他ならぬその男なのですよ」


「えっ……風漢さんが?」


「ええ。彼は今、どうしても外せない『急ぎの公務』がありましてね。本来なら自ら飛んで来たいと言い張っていたのですが……私が無理を言って代わったのです。彼も酷く心配しておりましたよ」


「……そうだったんですか。私のために、役人の方まで動かしてくれて……」



の胸に、じわりと温かいものが広がった。
風漢が自分との約束を守るために、わざわざ王宮にまで働きかけてくれた。
まさか、その「風漢」自身が王であり、今頃は朱衡に出された条件にのたうち回りながら書類の山と戦っているとは夢にも思わずに、胸を熱くして頷いた。



「わかりました。……お願いします。連れて行ってください」


「ええ、お任せください。もう、恐れることは何もありませんよ」



朱衡にエスコートされ店の外へ出ると、そこには厳重な警護の兵たちが並んでいた。
はもう一度だけ、自分が閉じ込められていた妓楼を振り返る。
けれど、もうそこには絶望の影はない。


彼女は朱衡に導かれるまま、風漢が待つという王宮への道を歩み始めた。


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