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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第1章 海客の少女


が役人に連れて行かれるのを、女将は平伏したまま見送った。
気配がが遠ざかりようやく顔を上げた彼女の表情は恐れと、それを上回るほどの強烈な歓喜に打ち震えていた。



「……信じられない。あんな拾い物の小娘が、まさかこんな大金に化けるなんてね」



彼女の目の前には、朱衡が置いていった革袋が鎮座していた。
中には妓楼を一つ買い取ってもお釣りが来るほどの、眩いばかりの金貨が詰まっている。
部屋からを連れ出した同僚の女も、腰を抜かしたように座り込み呆然と頷いた。



「女将さん……本当に、王宮に、行っちゃったんですね。あの娘…」



騒ぎを聞きつけ、二階から他の遊女たちも続々と降りてくる。



「何事だい、今の騒ぎは」


「流花はどうしたんだい? 役人に連れて行かれるのが見えたけど」



口々に尋ねる彼女たちに女将は誇らしげに胸を張り、まだ震える手で一通の書状を掲げて見せた。



「聞きな。流花は王の『勅命』で王宮に引き取られたんだよ」


「「ええっ!?」」



広間に驚愕の悲鳴が上がる。



「なんでまた……あの海客の娘が、延王様に?」


「あんな、言葉も通じないような子が?」


信じられないといった様子の彼女たちに、女将は書状の内容を読み聞かせるように告げた。




「なんでもね、風の噂で、この店に『天女の歌声を持つ海客の娘』がいると延王様の耳に届いたらしいんだ。その歌声を国の宝として保護せよ、と……そう記されていたのさ」



遊女たちは顔を見合わせた。
ただの海客、ただの「言葉の通じない人形」だと思っていたが、その歌声一つで王宮へと召し上げられた。
それは、この夜の街に生きる彼女たちにとって、お伽話よりも刺激的な成功物語だった。




「……天女の歌声、か」


「私たちだって、芸を磨けば……あるいは」




羨望と驚きが混じり合った視線が、のいなくなった舞台へと注がれる。



この日を境に妓楼の女たちは、いつか自分たちにも奇跡が起きることを願い、それまで以上に血に滲むような思いで舞や楽器の稽古に励むようになったという。



一方、その雲の上の存在である延王が、今まさに宮殿で朱衡に睨まれながら必死に書類の山を崩していることなど、彼女たちは知る由もなかった。


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