第1章 海客の少女
六太は音もなく屋根を滑り降りると、そこには小さな窓があった。
部屋の中を覗き込むと膝を抱えて丸まっている少女の姿がある。
ーーー♪
震えていゆるけれど絹のように滑らかな声。
この世界にはない、懐かしくも寂しい旋律。
六太はその歌声が途切れるのを待たず、ひょいと窓枠に足をかけて声をかけた。
「――本当に、綺麗な声をしているな。あのバカの言った通りだ」
「っ!?」
は弾かれたように顔を上げた。
三階の窓枠という、およそ人間が座っているはずのない場所に腰掛けている少年を驚きながらも凝視する。
「だ、誰……? あなたも、私の言葉が……わかるの?」
「わかるよ。俺も、あんたと同じところから来たんだ」
六太はニッと、屈託のない笑みを浮かべた。
その表情は、この妓楼で見続けてきた男たちの醜い欲望とは無縁の朝の光のような清々しさがあった。
「俺は六太。……さっきの歌、聞こえてたぞ。いい歌だな。あんた、流花だろ?」
「……どうして、その名前を……。それに、六太くんも『あっち』の人なの?」
日本語を話し、あまつさえこちらでの自分の名前を知っている不思議な少年。
「ああ、あのバカ殿からあんたのこと聞いたんだよ。あんたを助けたいって」
「……?風漢さん?……あの人は、私を……見捨ててなかったんですね」
「見捨てるもんか。あいつはああ見えて、一度決めたら意地でも通す男なんだ」
六太は窓枠からひらりと部屋の中に飛び降りると、の目の前にしゃがみ込みその瞳を真っ直ぐに見つめた。
「明日、迎えが来る。……だから、今夜はもう安心して寝なよ。あんたのいた地獄は、今日でおしまいだ」
「……本当に……?」
「ああ。あんた、運がいいよ。この国で一番我儘で、一番力のある男に気に入られちゃったんだからさ」
六太の言葉の意味は、今のにはまだ半分も理解できなかった。
けれど、自分と同じ言葉を話す少年が、目の前で笑っている。
その事実が、凍てつく孤独に震えていた彼女の心を、温かな光で包み込んでいった。