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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第1章 海客の少女


六太が軽やかな足取りで廊下を駆け抜けていると、その行く手を塞ぐように男が立ちはだかった。


「……台輔、このような夜更けの時間にどこへ行かれるのですか?山積みの職務を放り出して」



雁国の官吏、朱衡である。
彼は柔和な笑みを浮かべてはいるが、その瞳は一切笑っていない。



「わっ、朱衡! ……いや、その、ちょっと尚隆のお気に入りの女に会いにいくだけ! すぐ戻る、戻ったら絶対仕事やるからさ! 」


「主上のお気に入りの……女?」



朱衡が眉を寄せている隙に、六太は「じゃあな!」と言い捨てて、疾風のごとく窓の外へ逃げ出した。
朱衡は溜息をつき、その背中に向かって「後で倍にして返していただきますからね」と冷たく宣告し、呆れ果てた顔で尚隆の職務室へと向かった。



どうせ主上もまともに職務に取り掛かってはいないだろう。
そう思いながら扉を開けた朱衡は、その場で凍りついた。



「……これは……天変地異でも起きるのでしょうか……」



六太と全く同じ言葉が漏れた。

そこには真剣な顔をして筆を走らせる尚隆の姿があった。
普段は職務から逃げることに命を懸けている男が、真剣な面持ちで「勅命」を認めている。



「主上……。あまりの珍しさに、明日の朝は太陽が西から昇りそうですよ」


尚隆は朱衡の嫌味も気にせず、最後の一筆を力強く書き終えると、ふうと息を吐いて書状を突き出した。



「朱衡、いいところに。明日、妓楼へ女を迎えに行く。そのための勅令だ。官吏を数名手配しておけ」


「…………それは、本気なのですか?」



勅命の内容に一瞬固まった朱衡がその書状を受け取り、内容に目を通した瞬間、その端正な顔がをみるみるうちに強張っていった。


そこには、一介の妓女を保護するために、王の権限を最大限に発動させるという、あまりにも大仰な手続きが記されていた。




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