第5章 イヌカガミ
本当に恐ろしいのはこのあとです。
鏡は用をなしたあとも、その呪いを手放しませんでした。
喰い散らかされた女の死体から、唯一形のあるものとしてその鏡は女の家族に引き渡されました。
家族は女を失ったことから大いに悲しみました。鏡を見ると娘を思い出すということで、鏡をもとの娘のところに返すことにしたのです。
こうして、鏡は娘のところに戻りました。
娘はスソを知っていたので、その鏡をすぐさま河に流しました。
しかし、二ヶ月ほどした時、一匹の犬がその鏡をくわえて娘の家の前に座っているのを見つけました。
犬は娘を見るや鏡を置き、そのまま歩き去りました。
そう、鏡はまた、返ってきたのです。
次に娘はその鏡を人手に渡そうとしました。
質に入れ、質流れとしようとしました。
しかし、一ヶ月後、その鏡を買ってきたのは他でもない娘の母親だったのです。
次に娘は、その鏡を壊してしまおうとしました。
しかし、どんなに槌や石で叩こうと、決して割ることができなかったのです。
娘は途方に暮れました。
そう、スソをかけることはできても、スソを返すこと、『スソ返し』について、娘はほとんど何も知らなかったのです。
このままでは自分もイヌカガミに殺されてしまう可能性があります。
捨てることも、売ることも、壊すこともできぬのなら、と、
娘はこの鏡を人にあげることにしました。
すると、貰った娘達は決まって犬に食い殺されたり、犬に追いかけられて橋から落ちたりして死んでしまうのです。
そしてその後、必ず、鏡は娘のもとに返りました。
娘は次第に気が狂わんばかりになりました。
土蔵にこもり、祖母が残した文書を読み漁りました。
なんとしてもスソ返しの方法を見つけねばなりません。
そんな様子をみて、親族は娘の気が触れたと思い始めました。
確かに、その頃の娘は風呂にも入らず、飯も殆ど食べず、やせ細った中で眼だけが爛々としていたのです。豊かな黒髪は手入れされないためにバサバサになっていきました。