第5章 イヌカガミ
【イヌカガミ】
これからするのは、昔々の呪いの話
あるところに好き合っている若い男と娘がいました。
ところが、男は心変わりをし、別の女のもとに行くようになりました。娘の方は夜も眠れないほど悔しく思い、悶え苦しむ日々を送ることになりました。
ところで、その娘の家は、その昔陰陽道を扱う血筋であり、娘も数は少ないながらも幾つかの術を祖母の代から受け継いでいました。
その中に、スソ、もあったのです。
スソとは「呪詛」すなわち呪いです。
いつの世も呪詛とは弱い女性の武器でした。
娘は、その昔祖母から語り聞いたことと、土蔵に眠っている書物を紐解き、ついに一つのスソを完成させました。
それは「イヌカガミ」というスソでした。
イヌカガミとはこのようなものでした。
まず、娘は白い大きな犬を一頭手に入れ、七日七晩餌を与え飼いならします。
七日目の夜、その犬を頭だけ出して地中に埋ずめ、決して届かないところに炊きたての飯を置くのです。
犬は餌を欲しがり、泣き叫びます。これを犬が餓死する寸前まで続けます。しまいには犬は半狂乱になり、目だけが異様に赤く燃え立つように爛々と輝くのです。
そうなったら、犬の首を斧でひと息に切り落とすのです。言い伝えでは犬の怨念が強力である場合、切った犬の首がその飯をめがけて空を飛ぶこともあったそうです。
その後、切り落とした犬の首を人が往来する四つ辻にこっそりと埋め、多くの人に踏みつけてもらうのです。
これが【イヌガミ】の作り方。
ここからが娘の家に伝わる独特の儀式です。
このイヌガミの両の眼と鼻を切り落とし、特別な方法で小さな鏡にイヌガミを移す(この家では『籠める(こめる)』と言いますが)のです。
鏡は女性がいかにも好みそうな飾りの付いた品の良い物が良いです。
こうして、スソのこもった鏡【イヌカガミ】が完成します。
娘は、完成したイヌカガミを男が通う女のもとに送りました。
女はその鏡が気に入り、いつも持ち歩くようになったのです。
そして、女が鏡を受け取って10日ほどしたある日のことでした。月のない晩、男との逢瀬を終えて家に帰ろうとした時、女は野良犬に襲われ、帰らぬ人となりました。
一緒にいた、かの男も目の前で何匹もの犬に喰い散らかされる想い人を見て、気が触れてしまったといいます。
ここまではなんということのない、呪いの話です。
