第5章 イヌカガミ
ある時、娘のこもっていた土蔵から火の手が上がりました。娘もその火事に巻き込まれて死んでしまったのです。
土蔵の様子を検分した結果、わかったのは、娘が土蔵のいたるところにろうそくの火を灯していたことでした。
たしかに土蔵は暗かったので明かりは必要です。しかし、それにしても数が多い。当時、火事場を検分した役人も不思議に思うほどでした。
結局、火事の原因は大量に建てられたろうそくのうちの一本が倒れた事によるだろうということでした。
娘の死を目の当たりにして、やっと彼女の父親は事の重大さを認識しました。そこにスソが絡んでいる、ということは分かったのですが、どうすることもできませんでした。
この父親は陰陽師の血筋ではありましたが、その知識をほとんど受け継いではいなかったからです。
そこで、本家筋を辿り、いまだにその知識と技を受け継ぐ人を紹介してもらい、その人のところに娘が持っていた鏡を持ち込みました。
その老人は父親から話を聞き、その鏡を見ると、しばらく考え、こう言いました。
「これは『イヌカガミ』と言うものじゃ。正確には『イヌカネガミ』、犬に金の神と書く。」
「通常のイヌガミは役目を果たすなり、時間が経てばそのスソの力は薄れ、消えていく。消えないまでも少なくとも弱くはなる」
「しかし、これはイヌガミの力を恒久的な器物に移し替えておる。なので、決して薄れることがない。」
「しかも、犬は「居ぬ」つまり、ここにいる、戻る、ということを意味しておる。スソを果たせば必ず作り主の元に帰り、作り主を殺せば周囲の者も殺し尽くす」
「恐ろしいスソゆえ、とうの昔に行うことはなくなったのじゃ」
「どうすれば・・・」
父親は老人に尋ねました。老人は鏡を置き、その表に和紙を貼り付け、
「火剋金」と書き連ねました。
「一時しのぎじゃが、火事に飲まれたことと、この札で少なくとも周囲に死人はでないであろう。お前さんの娘が起こした不始末じゃ。そなたの家で火の神とともに祀るが良い」
父親は途方に暮れながらも帰り、家に神棚を作り、火之迦具土之神とともに祀ることとしたのです。