第1章 Under the rader
夕刻。合同捜査の擦り傷の手当のために訪れた医務室で、櫻井はある男に捕まっていた。
「櫻井さーん、顔に出てますよ。重症ですねぇ」
医務官の二宮和也は、消毒綿を持ったまま、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。彼は公安の裏事情にも通じ、櫻井の本当の顔を唯一察していると言っても過言ではない男だ。
「……何のことだ、二宮」
「新しいバディ君。松本くんでしたっけ? 彼を見る目が、もはや先輩のそれじゃない。あれは、食いたくて堪らないっていう、ただの欲情に塗れた男の目だ」
二宮の言葉に、櫻井は消毒中の指先をピクリと震わせた。
「……下らない冗談はやめろ。あいつは次期エース候補だ。弟分として大切に育てないとな。」
「へぇ。可愛い弟くんを思い出して、夜な夜な自分の手を汚してるんですか? 公安のエースが形無しだ。……言っておきますけどね、あの子はアンタが思ってるほどバカじゃない。アンタの『恋心』が、その完璧な隠蔽を台無しにしてますよ」
二宮は櫻井の肩をポンと叩き、耳元で囁いた。
「正体がバレるのが先か、我慢できずに押し倒すのが先か。見ものですねぇ」
二宮が医務室を出ていく。一人残された櫻井は、鏡に映る自分の顔を見た。
松本を疑い、利用し、排除しなければならない立場だ。なのに、二宮の指摘を否定しきれないほど、自分の内側は松本潤という毒に深く侵されていた。
「……バレる、か」
櫻井は拳を強く握りしめた。
その頃、資料室に残っていた松本は、櫻井が提出した過去の報告書の整合性を、一人で密かに洗っていた。憧れの翔くんを信じるために。あるいは、彼を地獄へ引きずり落とすために。