第1章 Under the rader
櫻井は、アメリカのFBIから命じられた任務を遂行するため、この数年間、完璧な公安警察を演じてきた。松本のような純粋な憧れを向けてくる後輩は、本来なら扱いやすい駒にすぎない。
しかし、櫻井の胸の奥には、自分でも制御できない苛立ちが渦巻いていた。
あどけない笑顔。自分に触れられるたびに赤くなる耳。
真っ直ぐに向けられる正義を信じて疑わない瞳。
それらすべてが、嘘を重ねて生きる櫻井の神経を逆撫でし、同時に、どうしようもなく彼を欲させてしまうのだ。
松本がシャワーを終え、寝室へ向かう物音が聞こえる。
櫻井は入れ替わるようにバスルームに入り、扉をロックした。
タイル張りの壁に背を預け、冷たい水を頭から被る。だが、火照った身体は容易には冷めない。
目を閉じれば、昼間に触れた松本の柔らかな髪の感触や、ネクタイを直してやった時に見せた、震えるような長い睫毛が鮮明に蘇る。
(……くそっ……!)
櫻井は忌々しげに舌打ちし、濡れた手で自らの熱を握りしめた。
あり得ないことだった。バディに……それも自分を監視しているかもしれない対象に、性的な欲情を抱くなど。
「……ぁ……っ、潤……っ」
無意識にその名を呼んでしまい、櫻井は激しい自己嫌悪に襲われた。
激しく自身を扱きながら、脳裏に浮かぶのは、自分を憧れの眼差しで見つめる松本の顔だ。あの澄んだ瞳を汚したいという執着と、絶望に染め上げたいという加虐心。
(……俺は、どうかしている)
絶頂を迎えた瞬間、櫻井は膝をつき、タイルに額を押し当てた。
掌に残る、情けない熱。
公安としてのエリートの顔も、スパイとしての非情な仮面も、あの真っ直ぐな後輩一人に掻き乱されている。
櫻井は、鏡に映る自分を睨みつけた。
髪は乱れ、瞳は情欲の名残で赤く充血している。
「……バディに欲情するなんて。……最低だな、俺は」
自嘲気味に呟いた声は、シャワーの音にかき消された。
愛おしげに頭を撫でるのも、優しく見つめるのも、すべては演技のはずだった。だが、いつの間にかその嘘の中に、自分自身の心が絡め取られ始めている。松本潤が自分を疑い始める前に、この濁った感情をどうにかしなければならない。
だが、櫻井はまだ気づいていなかった。
明日、職場で再び松本を甘い目で見つめる時、その演技の中に、もう隠しきれない真実の熱が混じり始めていることを。
