第5章 微熱、微糖、微々たる鼓動
「研磨くん!」
「なに」
「お金!さっき一緒に払ってくれたでしょ?」
「いいよ、いらない」
「だめだよ!はい!ちゃんと受け取って」
「もう財布出すのもめんどくさい」
「またそんなこと言う。昔から研磨くんってそうだよね」
「覚えてるんだ、昔のこと」
そりゃ覚えてるよ。昔って言っても数年前だし。ご飯行った時もコンビニでアイス買った時も、彼は一度も私の財布を開けさせてはくれなかった。いつもこうやって、うやむやに煙に巻こうとして逃げられるんだ。
「渡すまで動かないからね」
「なら、次なにか奢って」
「それフェアじゃないよね絶対」
「そう?」
「そうだよ」
「まぁ、いいんじゃない?」
「もー」
「なに」
「なんでもない、でも、………ありがとう。ごちそうさまでした」
「うん」
居酒屋を出て、細道から大通りへ歩いている途中。掴まれたままだった手首をやんわり解いて立ち止まった。鞄の中から取り出した財布と、その中身を突きつけるよう、彼の胸のあたりに差し出してみても、やっぱりこうなる。
満足したのか、目尻を下げて少し笑った彼が、タクシー呼んだからって歩き出した。その隣で顔だけやたらと暑い私は、研磨くんの言う通り、そこそこに酔ってる。
「なんで分かったの?」
「なにが?」
「私が酔ってるって。研磨くん、ずっと下向いてて周り見てなかったよね?」
「花衣が見てないところでちゃんと見てたよ。それに目が逝ってた」
「いや言い方」
鋭い観察眼は衰える所か、精度を増したんじゃないかと思った。飲んでも顔には出たことなんてない。テンションだって、頑張れば素面でも上げれるし、黒尾さんの友人達のおかげで今日は凪に近い振る舞いをしていたはず。
それなのにこの人は、いつもよりほんの少し水分の多い私の目を見ただけで分かるんだ。
それがなんとも気恥ずかしくて、回らない頭で別の話題を必死に考えてみるも、どれもしっくりこなくて、そうこうしているうちに、目の前に停車したタクシーに2人で乗り込む。
行き先を告げて、静まり返った車内には聞き取れるか取れないかな微妙な音量のラジオが流れてた。