第5章 微熱、微糖、微々たる鼓動
「花衣ちゃんてさ、彼氏いるの?」
「いないです、そしてその質問今ので5回目です。なに、そんなに私を彼氏いない可哀想な人に祭り上げたいんですか」
「あれ?そうだっけ?いやあ、俺もしかしてけっこう酔ってる?」
酔ってるよ鏡見てこいよ。
ふ、と吐息に近い僅かな音が騒音に紛れて、それが目の前の研磨くんの笑った声だと気づいた。心の中で毒付いたはずが、口から出ていたんだと分かって焦るも、酔っ払いの耳には入ってなかった。
私の隣の理子さんは黒尾さんともう1人のお友達と楽しそうに笑ってて、絡んでくる酔っ払いは何かずっと喋ってる。研磨くんは相変わらず自分ワールドを城砦の如く築き上げてるし。
もうそろそろ帰りたいな。そんな気持ちが如実に出ていたのか、空いたグラスはテーブルの端に、食器は重ねてその隣へ置いた所で、例の酔っ払いの言葉が私に向いた。
「花衣ちゃんの手、めっちゃ綺麗だね」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるある、ちょっと見せて」
「え、むり……」
です。と続くはずだった私の声は変に止まった。止めたのは、今の今まで一度も介入してこなかった研磨くんだった。
相手の手が私のに触れる寸前。その大きなそれを彼が掴んで、ゆっくりと払い除ける。視界に私を映したまま。
「花衣飲みすぎ。だいぶ酔い回ってるでしょ」
「え、あ、……うん」
「帰ろう、送ってく」
「え、え?」
「クロ、これ花衣と2人分ね」
「え、ちょ、け、けんまくん!?」
薄い唇は弧を描く。なにも読み取れない表情で、黒尾さんにお札を数枚渡してから立ち上がった研磨くんは、一切淀みのない動作で私の手を取った。
痛いほど掴まれたわけでもないのに、振りほどけない。少しの強引さを伴って、そそくさと出口に向かって歩いて行くけど、状況を飲み込めない私の頭の中は疑問符だらけだ。
理子と黒尾さんに、せめて挨拶を!そう思って振り返ると、2人とも同じ顔をしていた。何かを含んだとってもやらしい顔を。