Wild Flower【ガチアクタ/ザンカ/現パロ】
第10章 ワンスモア・ワンダーランド
砕けて話せるようになってからは、店内ではいつもザンカくんの視界に入ってた。カウンター越し、向かいあって一冊の雑誌を捲る時の距離。鞄から取り損ねたポケットティッシュを、彼が拾ってくれる時の距離。今のわたしとエンジンさんのように、隣に座った時の距離。そのどれもがパーソナルスペースなんて言葉の意味を成さない距離感だったことを。
よくよく考えてみると水族館でもそうだった。
幻想的な光と闇のあの空間。ベンチに座って肩が触れても、エンジンさんに向けた拒絶は彼には出てこなかった。
例えばだ。
軽い人間は好意を伝える術として、即効性のある1番楽な方法を使うだろう。
自分の下心も織り交ぜて、どこまで許されるか目の前の女を見定める。
そんな男達を山ほど見てきた。
でも彼はどうだ。
ストレートに気持ちをぶつけて心を揺さぶるくせに、強引にデートにも誘うくせに、必ず一線を引いてくれてた。わたしの嫌がることは絶対しなかった。
指先で肌をなぞるよりもずっと深く、わたしの心そのものを抱きしめるような、あの真っ直ぐな眼差しだけをいつも与えてくれていたんだ。
「やーっと答えが出たか」
「ほんとやり口が汚いです」
「策士と呼んでくれ」
「いやですよ」
「ああ、それと、汚いついでにやっと気づいた花衣にサプライズ」
「はい?」
この人は誰にでも分け隔てなく気さくに対応して、コミュ力お化けで、食えないところが魅力的。煙に巻くのが異様に得意で、本質を見せない振舞いは一級品だ。
そんな彼の、こんな意味深な言葉はおいそれと受け取ってはいけないのに。
「もうすぐアイツも来るってよ」
自分のスマホを片手でひらひら。
いつの間に連絡したのか、見せびらかす画面には、確かに彼とのやり取りが記録されていた。