第3章 喪失感/シリアス微糖
そう、凛の意図することは伝わる。繭は一度額を起こした。
自身の手元に改めて力を入れてみればよくわかる、何とか掴んでいたのは上着の布部分だけだったと理解が出来た。大きく袖をたぐり寄せればようやく自身の指先がのぞく。
今度は直接、確かに、凛のジャージの背中部分を掴んだ。
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「降りろ」
その声で我に返る思いだった。目を開けてみればいつの間にか辺りはとっぷり暗くなっていたし、ここは見慣れた自宅の側だ。
手を動かせばすぐに上着の重みで指先が隠れてしまう。それも構わず、繭は自転車の後部から降りた。重力に引っ張られるように少しだけ足元がふらついた。
「しっかり立て」
物理的には立てないわけではない。
ただ、気持ちの上で立つ意思が揺らいでいるだけだ。
繭は二本足で地面を確認する。肩を異様に押さえる凛の学ランの上着の分も身体の自由を奪われている気もする。繭は肘にかけていた通学バッグを一度地面に置き、借りていた凛の学ランの上着を脱いだ。
想像以上に夜はまだ肌寒かった。ここには海風も吹いていないのに急に晒される冷えた空気にざわりと鳥肌が立った。大きな上着を静かに半分に折り、それを黙って凛に渡した。
凜はそれを受け取ると素早く丸めて前にかけていたリュックの中にしまい込む。繭が自身の通学バッグを拾い上げた時には、凜は全ての帰り支度を終えリュックを背中に背負い直していた。
「……」
人はこういう時、どう振る舞うものだろう。
お礼も、謝罪も、全く言う気になれなかった。
人にエネルギーを回せるほど、自分にも残っていないのだ。
もしも相手が「優しい人」だったら、こちらもそれ相応の反応を求められるかもしれない。もしも「共感出来る人」だったら、今もまだ帰れていなかったかもしれない。