第3章 喪失感/シリアス微糖
凛にとっての繭は対個人としてどうのこうのというよりも背景の一部、環境の一部みたいなものだ。自身を形成する場の一部に予測不能な事象が起こっているのだとしたら、まずすべきは事実確認だろう。凜は自転車のスピードを緩めて、静かに自転車を寄せた。
ここは本当に風強い。凛は視界を遮る長い前髪を適当に片手で押さえ、改めて対象を観察する。
繭は人の近づく気配にすら気づかぬまま丸まった格好を続けている。凛は風に消えないギリギリの声で言った。
「何してんだ」
繭は驚きも何もなく、時間をかけて顔を上げた。そのまま振り替えるとようやくこちらに顔を向けてくる。
酷い顔、一言で言うならそんな状態だった。
これでは数秒の会話で通常通りに戻る様子もないし想像以上に事態は低迷している可能性はある。とはいえこれは繭個人の問題であるから深追いする気はない、ただ、合理的に考えリスクを被る可能性があるのかどうか、何かが大きく崩れているというなら再構築も視野に入れる必要がある。
どこで線引きするかを探るべく、凛は自転車を降りると繭の方へ足を近づけた。
知り合い同士が話し合うには距離がある。他人同士だとしたらやや近い。繭は黙ったままであるし、また最初と同様に膝に頭を埋めて固まってしまう。肩だけは小刻みに震えている。
凛は繭から海の方へ視線を向ける。繭は今しばらく黙ったままだった。
「…………ウチの」
ようやく繭は顔を上げ、ぐずりと濡れた小声で話し出した。
「リティって猫覚えてる?……もう老猫で、最近調子良くなかったりして、病院もよく行ったりしてたんだけど……」
ここまで聞いて何となく理由は見えた。確か、気取った感じの白い長毛の洋猫だったはず。過去に瞳孔の鋭い眼に魅せられちょっかいをかけ、怒らせ深めに引っかかれた記憶もある。
「……死んじゃった、って。連絡が……」
そこまで言うと繭はまた元の通り、小さくなってしまった。