第5章 心を揺さぶるエレジー【パンダだって/葦を啣む】
――垂水 清貴という青年の話だ。
非術師の家系で生まれた彼の父親は、暴力をもって家庭を支配するクズだった。
自分が母の連れ子で、血の繋がりがなかったのも一つの理由かもしれない。
父は垂水と彼の母に暴力を振るっていた。理由は知らない。そこに理由があってもなくても、父に対する垂水の感情は変わるはずもなかった。
垂水は母のことが好きだった。黒い髪を長く伸ばした、儚げな美人だった。
彼女はいつも父の暴力から息子である垂水を庇っていた。
どれだけ殴られても、蹴られても、罵詈雑言を浴びせられ、唾を吐きつけられても、母はいつも強い光を宿す眼差しで父を見つめていた。
垂水にとって母は、世界のどんなものよりも美しかった。
中学に入学して間もなく――父が死んだ。
酔っ払って柄の悪い連中に自分から絡んで、殴られ、打ち所が悪くて死んだ。アイツにお似合いの無様な最期だ。
これで ようやく、父の暴力から解放されるのかと思うと、心底 ホッとした。
それなのに、母は泣いていた。美しい相貌を歪め、目が溶けるのではないかと思うほど泣いた。父にどれだけ痛めつけられても涙を見せなかった母が。
あんなDV夫が死んで、どうしてあれほど泣けるのか分からなかった。
翌朝――母は浴槽に水を張り、手首を切って死んでいた。
最低なクズ夫の後を追って死んだ。愛してくれていたと思っていたのに、そんな自分を置いて、クズのために死んだ。
気づけば葬式は終わり、親戚とかいうよく知らない連中に引き取られていた。
親戚にいた年上の香水臭い女が慰めてくれた。母に似た黒い髪の、けれど母とは違う派手なメイクをした女だった。