第5章 心を揺さぶるエレジー【パンダだって/葦を啣む】
「フ――ッ……フ――ッ……フ――ッ……」
広大な庭の砂利に引きずったような血の跡が走り、浅く荒い呼気が人の気配の絶えた禪院家に響いた。
ドタタッともつれるように邸に上がった直哉が、障子を巻き込みながら畳の上にうつ伏せで倒れる。
「……クッ、クックッ……ツメが甘いんじゃ、クソ女(アマ)ァ……!」
そこへ、ギシギシと木造の廊下を踏みしめる音が直哉の耳に届いた――真希と真依の母親だ。
喉元を深く斬りつけられ、もう長くない。それなのに、彼女から放たれる殺気は凄まじく、背中越しにも関わらず ありありと感じられた。
どうにかその場を離れようと畳をひっかくも、身体が鈍りのように重くて動かせず、呪力も練れない。
「~~~~ざっ、けんなや! ドブカス……がぁ‼」
動けない直哉の背中に包丁が突き立てられる。長く続く痛みと冷えていく身体に為すすべなく、間もなく直哉は息絶えた。
「あぁ……」
か細い声で彼女は息を吐く。
――「……あのとき、どうして『戻れ』って言ったの?」
真希の問いの意味が分からなかった。自分がどうして『戻れ』と言ったのかも。
夫が娘である真希と真依を殺そうとしていたのを知っていた。あのまま忌庫に向かえば二人とも殺されてしまう。
――そうか……私は……。
――「一度くらい、産んで良かったと思わせてよ」
禪院家では、呪力のない者も、呪力の乏しい者も、人として扱われない。
そんな古い因習によって殺された愛情。
この家に生まれていなければ、二人はきっと――……。
「産んで……よかった……」
生気を失い、光の絶えた眦から一筋の涙が伝う。
彼女が最期に見た光景――そこでは、愛する娘たちと共に 花畑で笑い合う姿が……確かに、あった――……。
* * *