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彼はアイドル。

第8章 彼女の計画、彼の差別化。




「……何考えてるの?」


「……な、……なにも、……っ」


「嘘だ。……『自分の方が年上なのに』とか、そんなこと考えてるっしょ」


図星を突かれ、うさみの肩が小さく跳ねる。
拓人は空いている方の手で、うさみの耳元にかかった髪をゆっくりと指で掬い上げた。


「……関係ないよ、そんなの。外ではしっかりしてりゃいいけど、俺の隣にいる時は、ただの『俺のうさみ』でいいんだから」


彼の低い声が、直接脳を揺らす。

年の差なんて、この至近距離では何の壁にもならない。
むしろ、年上としてのプライドが崩れていくのを自覚するほどに、彼との距離が甘く、暴力的に縮まっていく。


「ほら、思考停止してないで。……俺の匂い、どう? 落ち着く? それとも、ドキドキして落ち着かない?」


彼はわざと顔をさらに数センチ近づけ、鼻先が触れそうな位置で止まる。
うさみが着ている彼のスウェットが、彼の動きに合わせて僅かに揺れ、また強い「彼の匂い」が立ち上がる。

年下の彼が見せる、圧倒的な「男」としての余裕。
翻弄され、思考を奪われ、ただ彼の熱に浮かされることしかできない自分。
うさみはもう、本で顔を隠す気力すら奪われ、潤んだ瞳で彼を見つめることしかできなかった。 


「……返事は? ……お姉さん」


最後に付け足された、確信犯的な「お姉さん」という呼びかけ。
それはうさみの最後の抵抗心を粉々に砕く、決定打だった。


「……っ、…………!!」


思考停止していた脳内に、最後の一撃が突き刺さる。

「お姉さん」なんて、普段は絶対に言わないくせに。

彼が時折見せる、年上を翻弄するための「武器」としての言葉。それを、よりによって自分の匂いに包み込んで、逃げ場のない至近距離で放たれた。

彼女である前に、自分は彼の表現に、その声に、その存在すべてに救われてきた大ファンなのだ。
推しが、自分のスウェットを着て、自分の目の前で、自分だけを見つめて「お姉さん」と囁いている。

この状況、オタクとしても女としても、感情のキャパシティが完全に決壊した。

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