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彼はアイドル。

第8章 彼女の計画、彼の差別化。




交換したばかりの「白」を纏い、二人は再び、それぞれの時間を過ごし始めた。
彼はソファに深く座り直して台本に目を落とし、うさみも少し離れた場所で読みかけの本を広げる。
けれど、部屋の空気はさっきまでとは明らかに違っていた。

うさみの鼻腔をくすぐるのは、洗剤の香りの奥に潜む、彼特有の、少し硬質で甘い体温の匂い。彼の一部に包まれているという感覚が、本の内容をさらさらと脳内から追い出していく。
ふと、視線を感じてうさみが顔を上げた。

案の定、彼と目が合う。

けれど、その視線はうさみの瞳ではなく、少し下……彼女の鎖骨あたり、彼がさっきまで着ていたスウェットの襟元に注がれていた。


「…………何?」


拓人は台本を持ったまま、ふっと口角を上げた。
それは、いつもの仕事用の完璧なスマイルではない。
自分の所有物が、自分の望んだ通りの場所に収まっているのを確認した時のような、歪で、ひどく満足げな笑み。

「……いや。やっぱり、それ着せて正解だったなと思って」

彼は台本を膝に置くと、目を細めて、うさみが着ている「自分の分身」をじっくりと眺め回した。
うさみが動くたびに、彼のスウェットが彼女の体の上で泳ぎ、彼自身の匂いを部屋に振りまく。


「……お前が動くたびに、俺の匂いがする。……俺がそこに座ってるみたいだわ」


彼はそう言うと、今度は自分が着ている「うさみから奪った新品」の袖口を、無意識に鼻先に近づけた。
まだ少しだけ、うさみがさっきまで着ていた残り香がする。


「……ファンが見たら、ただの私服だと思うだろうけど。……俺だけは知ってるんだな。今、お前を包んでるのが、さっきまで俺の肌に触れてたものだってこと」


彼は悦びに浸るような顔で、再びうさみを見つめる。
その視線は、もはやうさみ個人を見ているというより、彼女を「自分の色」で塗り潰せたという事実に陶酔しているようだった。


「……こっちおいで。」


彼はソファをぽんぽんと叩き、拒む隙を与えない柔らかな、けれど絶対的な声音で手招きする。
本を置いたうさみを見つめる彼の瞳には、一人の男としての、暗く深い悦びがこれでもかと滲み出していた。

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