第7章 確信犯のメガネ。
結局、彼はうさみの家のベッドで、泥のように深い眠りに落ちた。
数時間後、アラームが鳴る前に目を覚ました彼は、隣で静かに眠るうさみの横顔を、ただじっと見つめていた。
昨夜、自分の「全時間」を捧げようとして断られたとき、正直、屈辱に似た感情が湧いた。でも、彼女の手に包まれて「体が大事」と言われた瞬間、自分を縛り付けていた強張りが、スッと消えていくのを感じた。
「……起きてたの?」
うさみが微睡みの中から声をかける。
彼はそれに応える代わりに、彼女の腰に腕を回して引き寄せ、そのおでこに自分のそれをコツンとぶつけた。
「…… うさみの言う通りにするよ。無理はしない。……でも」
彼はそこで一度言葉を切ると、少しだけ照れ臭そうに、けれど今度は逃げずに真っ直ぐ佳奈の瞳を射抜いた。
「来週の木曜、20時。……そこだけは、絶対に譲らないから。仕事の調整も、体調管理も完璧にしてくる。……だから、その時間は空けとけ」
「全部」という極端な言葉ではなく、自分の生活を守りながら、それでもうさみとの時間を最優先に確保する。
それは、彼が今までの女性たちに一度も見せたことのない、地に足のついた「大人」の誠実さだった。
「……、……うん。わかった。待ってる」
うさみの少し驚いたように、でも誇らしげに微笑む。
その顔を見て、彼はようやく満足げに口角を上げた。
「……昨夜の、あんな可愛くない態度の埋め合わせ。来週、倍にして返してやるから」
彼はそう言い残すと、以前は「人質」だったメガネを今度こそ自分の顔に戻した。
レンズ越しに見るうさみの姿は、昨夜の不機嫌なフィルターを通したときよりも、ずっと鮮やかで愛おしい。
「……じゃあ、行ってくる」
玄関のドアを閉める直前、彼はもう一度だけ振り返った。
「次は俺から言う」という昨夜の虚勢は、今、確かな「信頼」という形の約束に変わっていた。
うさみは、彼がいなくなった後の静かな部屋で、自分の胸の鼓動を聞いていた。
彼を、自分のルールで「更生」させてしまったという、最高の優越感と幸福感を噛み締めながら。