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彼はアイドル。

第7章 確信犯のメガネ。




22時15分

21時に電話を強制終了された後、現場の彼は明らかに「異常」だった。

いつもならスタッフとの談笑や細かなチェックに時間をかけるはずの彼が、これまで培った集中力をすべて「最短で仕事を終わらせる」ことだけに注ぎ込んでいた。

「てら、今日めちゃくちゃ巻きだね……」

メンバーの驚く声を背に、彼は誰よりも早く楽屋を飛び出した。
向かったのは、自分のマンションではない。

アクセルを踏む足が、自然と逸る。電話を切られた時の、あのうさみの冷たいほどに落ち着いた声が、耳の奥にこびりついて離れなかった。

(……ふざけんなよ、本当に)

自分の放った「次は俺から言う」という言葉が、呪いのように自分を縛り、追い詰めていた。

首都高を抜け、うさみのマンションが見えてきたのは、深夜23時を回った頃。
ふと見上げたその部屋には、しっかりと明かりが灯っている。

「……起きてんじゃんかよ」

彼はハンドルを握ったまま、自嘲気味にスマホを叩いた。

『なぁ、あのあと寝るんじゃなかったの』

電話ではあんなに素っ気なく「寝る」と突き放しておきながら、彼女はまだ、光の中にいる。

彼は車を降りると、足音を殺してエントランスへ向かった。
合鍵を使い、手慣れた様子でセキュリティを抜ける。エレベーターに乗り込み、彼女の部屋があるフロアのボタンを押した。

密室が上昇するわずかな時間。
画面には、すでに「既読」の文字が浮かんでいる。
しかし、返信はない。
既読はつくのに、言葉は返ってこない。

彼は無言のまま、うさみの部屋のドアの前まで歩を進めた。
スマホをポケットにねじ込み、ゆっくりと合鍵を鍵穴に差し込む。

(……今さら焦っても、もう遅いから)

自分から「次はいつ?」と聞けなかった代わりの、これが彼なりの強引な「次」。
彼は静かに、けれど逃げ道を塞ぐような確信を持って、鍵を回した。



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