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彼はアイドル。

第7章 確信犯のメガネ。




朝、目が覚めて一番に視界に入るのが、自分のジュエリーケースの横に鎮座する、あの無機質な黒縁メガネだった。

本来なら、高い頻度で彼の顔の一部として着用されるアイテム。それが今、なんの変哲もない私の部屋の、小さなサイドテーブルの上に置かれていることに笑みが溢れた。

顔を洗う時も、メイクをする時も、ふとした瞬間にその黒いフレームが視界に入るたび、胸の奥がキュンと疼く。

(私物があるだけで、こんなに部屋の空気が変わるんだ……)





仕事に出かける前、一度だけ、そのメガネをそっと手に取ってみる。
自分の服や肌からは彼の匂いが消えてしまっても、この重厚感のあるフレームには、まだ彼が生活の中で刻んできた微かな傷や、独特の温度が宿っている気がした。

職場でパソコンに向かっている最中も、ふとした瞬間に自宅にある「あの形」を思い出して、気づけば口角が上がってしまう。

「うさみさん、今日なんか良いことあった?」

同僚にそう聞かれて、慌てて「別に、普通だよ」と誤魔化したけれど、鏡を見なくても自分が「恋をしている顔」になっているのが分かった。
それは、18年という歳月をかけて彼が築き上げてきた『完璧なパブリックイメージ』を、自分だけが少しだけ盗んでいるような、背徳的で贅沢な高揚感。

夜、帰宅して真っ先に確認するのは、彼からの連絡ではなく、やっぱりあのメガネの定位置だ。

「ただいま」

誰もいない部屋で、その黒縁メガネに声をかける。
返事はもちろんないけれど、彼が「わざと」置いていったその確信犯な愛おしさが、会えない時間の寂しさを、確かな幸福感へと塗り替えていた。









本当は数日で「取りに行く」という口実を使って会いにいくつもりだったのに、無情にも重なる地方ロケと深夜までのリハーサル。

気がつけば、確信犯の忘れ物から2週間が過ぎていた。



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