第7章 確信犯のメガネ。
朝、少しだけ重い瞼を擦りながら、うさみはサイドテーブルに置かれた黒縁メガネをもう一度見つめた。
朝の光を反射するレンズ。昨夜の彼が確かにここにいたという、静かな証拠品。
出勤前の慌ただしい時間だったけれど、これだけは伝えておかなければと、スマホを手に取る。
『メガネ、忘れてるよ。あんなに大事にしてるやつなのに。次いつ返せるかわからないよ』
送信ボタンを押してから数分。
移動中だろうか、珍しくすぐに既読がついた。
画面に表示された返信は、あまりにも彼らしい、潔いまでの「確実な一言」だった。
『知ってる。』
……それだけ。
言い訳も、うっかりしたという謝罪もない。
うさみが返信に詰まっていると、すぐに二通目が届く。
『わざと置いてきた。またすぐ行かなきゃいけない理由、作っとかないと』
スマホの画面を見つめたまま、うさみは思わず口元を押さえた。
「会いたい」とストレートに言う代わりに、自分の体の一部のような愛用品を人質として置いていく。
不器用で、独占欲が強くて、でも何よりもうさみを求めていることが伝わってくる、彼なりの「甘え」の形。
『預かっといて。誰にも触らせるなよ』
三通目の、少しだけ独占欲を滲ませた言葉に、うさみの胸は激しく高鳴った。
ただの黒縁メガネが、今はどんな宝石よりも重く、価値のあるものに思える。
(……ずるい人)
うさみは鏡の前で、そのフレームに触れた。
次に彼がこれを取りに来る時、自分はどんな顔で迎えるだろう。
そんなことを考えるだけで、離れているはずの時間が、一気に彼の色に染まっていくのが分かった。