第6章 I want your flavor. 2
最後に彼の部屋のドアを閉めてから、2週間が経っていた。
互いにキャリアを積み上げた大人だ。スケジュールが合わないことなんて日常茶飯事だし、メッセージの返信が数時間、時には半日空くことにも慣れている。
『今日、収録押しそう。先に寝てて』
『了解。お疲れ様、無理しないでね』
そんな、事務的とも言えるほど短いやり取りが続いていた。
寂しくないと言えば嘘になる。けれど、彼が戦っている場所の過酷さを知っているからこそ、「会いたい」とは口にしなかった。それが大人同士の、暗黙のルールのようなものだったから。
深夜1時半。
うさみがベッドの中で、読みかけの本を閉じようとした時、スマホが短く震えた。
『今から、一瞬だけ行っていい? 5分でいいから』
心臓が跳ねた。
「いいよ」と返す前に、マンションの下にいつものSUVが滑り込んでくるのが分かった気がした。
佳奈が静かに玄関の鍵を開けると、そこには帽子を深く被り、黒縁の伊達メガネに黒いコートを羽織った彼が立っていた。
「……ごめん、こんな時間に」
廊下の薄暗い明かりの中で見る彼は、画面越しに見るよりもずっと、削ぎ落とされたような鋭い顔をしていた。
部屋に入り、ドアを閉めた瞬間。彼はうさみを抱きしめるでもなく、ただ壁に背を預けて深く息を吐いた。
「……さすがに、限界だったわ」
絞り出すような声。
2週間、一切の隙を見せずに「timeleszの寺西拓人」を全うしてきた男が、うさみの家の、なんてことない玄関先で、ようやく肩の力を抜いた。
うさみがそっと彼の腕に触れると、コート越しでも分かるほど、彼が小さく震えているのが伝わってきた。
「……5分なんて言わないで、ゆっくりしていけばいいのに」
「無理。明朝4時には出なきゃいけない。……本当に、顔見に来ただけ」
彼はそう言いながら、ようやくうさみ顔を真っ直ぐに見た。
じっと見つめるその瞳には、甘い言葉なんて一つも含まれていない。ただ、砂漠で水を求めるような、剥き出しの渇望だけがある。
彼は無言のままうさみの引き寄せ、その首筋に深く顔を埋めた。
パーカーを返したあの日から、ずっと彼が求めていた本物の匂い。