第5章 I want your flavor.
窓の外、遮光カーテンの隙間から、夜と朝が混ざり合う深い藍色がわずかに差し込んでいる。
静まり返った寝室に響くのは、二人の穏やかな呼吸の音と、肌が擦れるかすかな音だけ。
「……起きてた?」
拓人の低い声が、うさみのうなじに触れる。
彼はうさみを背中から抱きしめたまま、絡めた指先にそっと力を込めた。
指先を絡めたまま、一度も離すことなく過ごした、『all night』の果て。
「なんか寝れなかった……」
「はは、俺も。うさみが隣にいると思うと、なんか、目が冴えちゃって」
拓人はうさみの肩に顔を埋め、深く息を吸い込む。
香水の香りはもう薄れ、代わりに混ざり合った二人の体温の匂いが、この部屋だけの濃密な残り香となって漂っている。
「……19年やってきてさ」
拓人がぽつりと、独り言のように漏らした。
「外ではずっと、何かを演じたり、誰かの期待に応えたり。それが仕事だし、誇りでもあるけど……」
彼は繋いだままの手を自分の胸元へ持っていき、うさみの指先に唇を寄せた。
「こうして抱きしめてる時は、自分がただの『寺西拓人』だって思い出せる。……名前、呼んでくれてありがとう。あの瞬間、孤独じゃない気がした」
その言葉は、どんな歌詞よりも重く、切実にうさみの胸に響いた。
徹底して私生活を隠し、誰にも隙を見せない彼が、夜明け前の薄明かりの中でだけ見せる、本当の素顔。
「拓人、お疲れ様。……もう、大丈夫だよ」
うさみが振り返り、彼の頬に手を添えると、拓人は子供のように目を細めてその手にすり寄った。
「……ん。あと1時間。あと1時間だけ、このままでいさせて」
彼は再びうさみを強く抱きしめ、二人は残り少ない「秘密の時間」を惜しむように、深い眠りの淵へとゆっくり落ちていった。