第5章 I want your flavor.
「……おいで」
拓人が住むマンションのエントランスを抜ける。
うさみのマンションとは明らかに違う、静寂が支配する空間。
中廊下式の通路は、自分の足音さえ吸い込まれるような厚い絨毯が敷かれ、どの部屋の扉も、誰にも干渉させないという意志を持って固く閉ざされている。
彼の部屋のドアが開き、中に入った瞬間。
拓人は電気も点けず、背中でドアを閉めると、そのままうさみを壁と自分の間に閉じ込めた。
暗闇に目が慣れるよりも早く、彼の体温と、甘くスパイシーな香水の香りが鼻をくすぐる。
まさに『Flavor』の歌詞のように、理性を狂わせるような、彼だけの匂い。
「……電気……」
「いらない。……少しだけ、こうしてて」
拓人の大きな手が、うさみの頬から首筋、そして鎖骨へと、ゆっくりと形をなぞるように降りてくる。
彼の指先は驚くほど優しく、けれど確実にうさみの肌に「彼自身の印」を刻んでいくかのようだ。
「……うさみ、今日、ずっといい匂いしてた」
耳元で囁かれる低い声。
彼は一気に奪いにくるようなことはしない。31年という月日を経て手に入れた、大人の余裕と狡さ。
うさみの呼吸が少しずつ速くなるのを楽しむように、彼は鼻先をうさみの髪に埋め、深く、深く、その香りを吸い込んだ。
「……これ以上、我慢しろなんて言わないよね」
拓人の唇が、耳たぶをかすめる。
彼の手がゆっくりと、うさみコートのボタンを一つ、また一つと解いていく。
急ぐ必要なんてない。ここは、外界の視線も、時計の針の音も届かない、彼だけの完璧なプライベート空間。
「お前の匂いで、俺をいっぱいにして……」
彼がそっとうさみの腰を引き寄せると、互いの鼓動が重なり合うのがわかった。
情熱を押し付けるのではなく、静かに、でも抗えない力で溶かし合っていくような感覚。
拓人はうさみの顎をそっと持ち上げると、焦らすように時間をかけて、唇を重ねた。
それは、夜が明けるのを忘れてしまうほどに長く、深い、大人の愛の始まりだった。