第1章 彼氏は自担です。
拓人はうさみの両手を自分の大きな手で包み込み、そのまま自分のジャケットのポケットの中へと導いた。
狭い布の中で、指と指が絡まり合う。
うさみは、自分の顔が熱くなっていくのを自覚しながら、彼が与えてくれる温度をじっと受け止めていたが長くは持たなかった。
「お仕置き」至近距離でそんなことを言われ、さらに首筋に熱い吐息を感じた瞬間。
うさみの脳内にある「社会人としてキャリアを積んだ冷静な自分」が、パリンと音を立てて砕け散った。
「っ……ちかいちかいちかい! ストップ! 距離感バグってる!」
うさみは弾かれたようにソファから立ち上がると、そのままテーブルの向こう側へと脱兎のごとく逃げ出した。
「お、おい、うさみ……?」
突然の拒絶(?)に、彼が呆然とした顔でソファに取り残される。
うさみはテーブルを盾にするようにして立ち、両手を猫の威嚇のように突き出した。
「無理、まだ無理だから! 心臓がもたない!31歳の寺西拓人をその距離で浴びるのは、一般会社員には致死量だから!」
「……一般会社員って。お前、俺の彼女だろ」
拓人は一瞬きょとんとした後、ふっと肩を揺らして笑い出した。
その笑い顔がまた、テレビで見る「てら」そのもののキラキラした破壊力を持っていて、うさみはさらに「ふーっ!」と息を荒くする。
「彼女とか言う前に、私は一介のファンなわけ! わかる!? タイプロのあのストイックな姿を見てから、私の脳内では『寺西拓人=聖域』なの! 崇拝対象がスウェットで私の家にいるだけでもパニックなんだから!」
「……まだそれ言うか。半年経つのに」
拓人はソファからゆっくりと立ち上がった。
獲物を追う猛獣のような、しなやかな足取り。178センチの長身が、じりじりとテーブルのこちら側へと回り込んでくる。
「てら、来ないで! ステイ! そこで止まって!」
「やだ。お前が『てら』って呼ぶから、お仕置き中」
「理不尽! そもそも『拓人』なんて、画数多すぎて呼べないわよ!」
「意味わかんねぇよ。二文字だろ」
拓人は楽しそうに目を細めながら、うさみの「猫パンチ」のような威嚇をひょいとかわし、ついに彼女を壁際まで追い詰めた。