第1章 彼氏は自担です。
ソファに沈み込んだうさみの視界に、拓人の端正な顔がゆっくりと降りてくる。
至近距離で見つめられると、どうしても鼓動が跳ねてしまう。
「……てら、顔近い」
つい口から出た呼び名に、拓人の眉がわずかに動いた。
「……また『てら』って呼んだ」
彼は少しだけ不満げに、でも愛おしそうに目を細める。
もともとオーディション番組で彼を見つけ、そのストイックな姿に惹かれてファンになった。あの頃、画面越しに全力で応援していた「てら」が、今は自分の部屋のソファで、自分だけを見つめている。
その奇跡のような現実に、うさみの心臓はいつまで経っても慣れてくれない。
「拓人」と呼ぶべきなのは分かっている。付き合う時に、彼からも「名前で呼んでよ」と言われた。けれど、これまで必死に働いてきた社会人としての理性が、「そんな恐れ多いこと……!」とブレーキをかけてしまうのだ。
「……染み付いちゃって。…嫌?」
うさみが尋ねると、拓人はわざとらしく大きな溜息をついて、彼女の頬を指先でぷにっと突いた。
「嫌じゃないけど。……なんか、まだ『アイドルとファン』の距離がある気がして、ちょっと寂しいわ」
「寂しい……?」
「そう。俺はもう、うさみの『彼氏』になったつもりなんだけどな」
拓人はそう言って、突いた指をそのままスライドさせ、うさみの耳元に触れた。
低い声が、直接脳内に響く。
彼は、うさみが今の関係に戸惑っていることも、大切に想うあまりに一歩引いてしまう癖があることも、全部お見通しなのだ。
だからこそ、彼は焦らない。19年かけて培ってきた彼なりの「待つ」美学が、ここでも発揮されていた。
「……まあ、いいよ。無理に呼べとは言わない。……その代わり」
彼は一度言葉を切ると、うさみの首筋にゆっくりと顔を埋めた。
彼の温かな吐息が肌に触れ、NAME1#の背中にゾクゾクとした震えが走る。
「……『てら』って呼ぶたびに、一回分、こうやってお仕置きするから」
「お仕置きって……」
「うさみが、恥ずかしくて名前を呼びたくなるまで、俺がたっぷり甘やかすってこと」
彼は顔を上げ、いたずらっぽく笑った。
でも、その瞳の奥には、うさみを逃がさないという強い独占欲が揺らめいている。
「……まずは、その冷えた手、貸して」