第3章 至近距離で拝む自担の顔。
「……ん」
拓人がゆっくりと目を開けると、視界のすぐそこに、穏やかなうさみの寝顔があった。
自分の肩に頭を預け、少しだけ口を開けて、規則正しく、静かな寝息を立てている。
(……本当に寝ちゃったんだな)
拓人は動かずに、ただその寝顔を見つめた。
何年ものキャリアを積んで、一人の女性として、必死に走り抜けてきたうさみ。自分の前でだけこうして全ての防壁を解いて、子供のように眠っている姿は、どんな美しいステージセットよりも、拓人の胸を強く打った。
「……無防備すぎ」
拓人は、起こさないように細心の注意を払いながら、テーブルの上の自分のスマホに手を伸ばした。
カメラアプリを起動する。
レンズ越しに見る彼女は、夕陽の光を浴びて、どこか神聖で、けれどどうしようもなく「俺の隣にいる人」という実感を伴っていた。
(……これ、俺しか知らない顔なんだよな)
カシャ、という微かなシャッター音。
保存されたのは、少し乱れた髪と、幸せそうに緩んだうさみの寝顔。
拓人はその写真を満足げに眺めると、すぐにスマホを伏せて、空いた方の手でうさみの冷えた指先をそっと包み込んだ。
部屋には、遠くを走る車の音と、佳奈の寝息だけが響いている。
拓人は、彼女を起こさないように自分も再び目を閉じ、彼女の頭に自分の頬をそっと寄せた。
「……うさみにし」
冗談で言っていたあの語尾を、今度は誰にも聞こえない、自分だけの誓いのように、小さな小さな声で呟く。
(……起きたら、この写真見せて、また赤くなるところ見てやる。……でも、今はまだ、こうしてさせて)
優しい沈黙が、二人を包み込んでいく。
夕闇が部屋を支配し始めるまでの短い時間、拓人は「甘えたい生き物」であることを止め、ただ静かに、大切な人を守るための確かな「止まり木」になっていた。