第2章 お手振り王子の誕生日。
うさみが少し強めにゆさゆさすると、拓人はようやく片目だけを薄っすらと開けた。寝ぼけ眼で、ぼんやりとうさみを見上げる。
「……あ、うさみだ……。え、天使? 31歳になって最初に見たのが天使とか、俺の人生、勝ち確じゃね……」
「はいはい、いいから。……ほら、お水飲んで。シャキっとして!」
差し出された水を一口飲んで、拓人はようやくゆっくりと体を起こした。寝癖で髪が少し跳ねているのが、ドームのステージに立つ男とは思えないほど幼くて、うさみは思わず吹き出してしまう。
「……笑うなよ……。あー、本当に体が重い。うさみの家、重力10倍くらいあるでしょ」
「ないよ。ほら、忘れ物しないでね。ルームウェアとマグカップは、ここに置いておくから。次来た時に使って」
拓人は立ち上がると、まだ少し名残惜しそうに部屋を見渡し、それからうさみをひょいっと抱き上げた。
「……わかった。帰るよ。帰ればいいんでしょ、橋口さん」
「……急に仕事モード」
「そうだよ。……あー、早く終わらせてここに戻ってきたい。……さっきのプレゼント、本当に嬉しかった。……これがあるから、俺、今日、誰よりもかっこよくいられるわ」
玄関で靴を履き、キャップを深く被る。その瞬間、彼の背筋がスッと伸びた。
さっきまで膝の上で丸まっていた男はもういない。
「……じゃあね。……ドームで、俺のことちゃんと見ろよ。絶対、目合わせるから」
「うん。……いってらっしゃい、拓人。世界一かっこいい31歳を見せてきて」
ドアが閉まる直前、彼はもう一度だけ振り返って、最高のプロの笑顔でウインクを投げた。
バタン、と静かに閉まったドア。
一人になったリビングには、まだ彼の温もりが残っている。
テーブルの上には、さっきまで使っていたペアマグカップが二つ、仲良く並んでいた。