第11章 一大事編
彼女の職業は大学の講師で、経済学を教えているのだという。ヴィクトルと同じく話し方もソフトで、聡明な印象を受ける。
「名無しちゃんはあの街のブティックに勤めてるのね。聞いてみるとデザインも興味あるわ、今度行ってみようかな」
「是非来てください! クレアさんなら何でも似合うと思います」
和やかな雰囲気の中、関心を持ってもらえて嬉しかった。
「それでヴィクトルのことなんだけど――」
彼女が息子の名を口にした瞬間、背筋がぴんと伸びる。
「あの子、大丈夫?」
ズバっと聞かれて一瞬何のことか分からなかった。しかし、彼女の懸念は前にヴィクトルが言っていたように、あなたにとって彼が本当に交際する男性として適切なのか、という事らしかった。
「あの、彼はとても優しくて、いつも思いやりがあって。心も広くて、すごく良い方です」
「そう。優しいところはあの子の取り柄だと私も思うんだけど。年の差もあるじゃない?」
「はい」
それは指摘されると思っていた。自分でも甘く考えているわけじゃない。一般的なイメージだったり、価値観や考え方の差など心配されても当然だからだ。
「私はまだ若くて、彼にふさわしくないところも正直たくさんあると思うんです」
「いえいえ、そうじゃないのよ全然。名無しちゃんが良ければ私たちもすごく安心なんだけど。あの子、結婚を考えてるって言ってたでしょう? 夫から聞いたんだけどね。かなり名無しちゃんにゾッコンみたいで。⋯あっ、古臭いかこんな言い方」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑った。
「えっ」
しかしあなたは思考が止まってしまった。前を向いたまま、時間も停止したかのようになる。
「結婚⋯⋯? 彼がそう言ってたんですか? 」
口元が自然に震えてくる。
それを見たクレアは、同じように瞳を最大限に見開くが、さあっと青ざめていった。
「⋯⋯えっ? もしかして聞いてなかった? どうしよう! ⋯⋯ま、まずいわ。勝手に言っちゃったみたい。本当にごめんなさい。今の忘れるの、無理よね。なんてことしちゃったのかな? 怒られる? 絶対怒られるわ」
冷静そうな彼女が混乱に陥り、あなたはようやく現実に引き戻される。