第8章 会社にて
少し気まずさを覚えながらも、ヴィクトルは社長室へ向かう。ここは最も広い部屋で、格調高い書斎机のスペースとは別に、応接間がありソファが対面式で並んでいる。
そのまた向こうに長い会議テーブルが置かれ、ヴィクトルは定位置に着席した。役員は他に四人いるが一番乗りだ。
足を組んでテーブルに片手を置き、部屋を見つめていると、さっきの面接のことを思い出した。
「新婚か。⋯⋯幸せそうでうらやましい限りだ」
それは前の自分なら単なるぼやきだっただろうが、今は本音がにじんでいる。
そう、あなたと出会う前のヴィクトルならば、あんなことを応募者に打ち明けられても「そうか」としか思わなかったはずだ。
しかし今はどうだろう。
世界の色は変わり、輝きさえ放っているように映るのだ。
自分にもそんな未来が訪れてくれるだろうか。
考えれば考えるほど、幸福感と焦りが拮抗し始める。
「はあ、#名無し#ちゃん。君に言ってしまいそうになる。君はどんな顔をするだろうか⋯⋯」
まるで憂いに満ちた表情でスマホの画面を映し、ヴィクトルはあなたの写真を見つめた。
自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、切なく深い愛情が湧きあがってくる。
そのとき、会議室の扉が無造作に開けられた。
ヴィクトルは顔つきを変えずスマホを閉じると、相手を見上げる。
「おお、お前早いな。さすが仕事人間のヴィクトル様だ」
「黙れよ。お前も似たようなもんだろう」
大げさなため息を吐き、互いに不敵な笑みを交わした。
この役員の濃い金髪男はマックスといい、他のメンバーと同じく大学時代のボート部の一員だ。
スーツの上からでも分かるほどの筋骨たくましいマッチョな男で、筋トレ中毒でもある。
取締役兼営業部長として有能で仕事もおそろしく出来るが、いまだこの年でSNSに自撮りの上半身を乗せるのが趣味なほど、ナンパ好きで軽薄なタイプだった。
「そういや聞いたんだけどな」
「誰に何をだ」
「クリスだよ。あのお喋りなお調子者」
それはお前もだろうと思いつつ、ヴィクトルの顔色は落ち着かなくなる。
「ヴィクトル、お前最近夜にお店のほうに行ってないみたいじゃねえか。女でも出来たのか? めっずらしいこともあるもんだ」
からかうようにどすっと近くの席に座られ、彼は閉口する。
しかし同時に彼女の存在がバレてないのだと安心した。
