第13章 私の名
食事の間、脹相は何やら考え事をしているようだった。
いつも以上に難しい顔をしながら食べている姿はどこか異様に映る。
心配しつつも虎杖と話をしていると何やら視線を感じてそちらを見る。
目が合ったので「おかわり、召し上がりますか?」と聞いてみる。
そのくらいしか用事があるとは思えなかった。
しかし、違うらしい。
食事が終わってからも虎杖は呪霊討伐の準備をしに行ったというのに、脹相は難しい顔のまま食器を睨みつけている。
(…味付けが気に入らなかった、わけではないよね)
とりあえず食べ終わっているようなので食器を片付けに行く。
食器に手をかけようとした時、「比丘尼」と呼ばれる。
返事をして脹相の瞳を見る。
先程のような難しい顔はしていない。
眉に皺もよってない。
果たして何を言われるのか。
脹相は座ったまま八重の瞳を覗き込む。
「お前に名前はあるのか?」
それは八重にとって意表を突くような質問だった。
今の八重に名前を名乗るという概念すらなかった。
『八百比丘尼』という通称だけあれば事足りていた。
自分の名前を知らないわけではない。
ただ自らの起源を失っている八重にとって、その名前は果てしなく遠い存在に感じている。
八重は名前の存在に躊躇って脹相から視線を逸らす。
脹相は体ごとこちらに向き直り、なおも「お前の名前は何だ?」と訊いてくる。
「…私の、名前…」
言うべきか、この名前を言っていいのか、名乗っていいのか。
頭の中で幾重も自問が巡る。
それら一つ一つへの答えは出ないまま、1つだけ確かな八重の本音。
(脹相さんには、知っててほしい…!)
例え自分の名前だという実感がなくていい。
ただ、名前がある(もしくはあった)存在として認識してほしい。
八重の気持ちは固まった。
「…私の名前は――」