第13章 私の名
脹相の無事に胸を撫でおろす。
しかし、安心したのも束の間、無防備になった頭と心をガツンと横から殴られるような衝撃。
脹相がひどく動揺している。
感情の揺れで八重の視界も揺れるようだった。
思わずこめかみを押さえて耐える。
それがしばらく続き、多少は落ち着いてきたもののひどい困惑は1時間以上続いた。
その間、渋谷の街中の方で凄まじい音が鳴り響いている。
見れば遠くの街が夜だというのに眩い光を放っている。
かなり離れているというのに土煙が上がっているのがわかる。
(街が…壊されてる…?)
八重は自らが想像しているよりも由々しき事態が起こっているということをその時になって初めて理解した。
脹相の心は未だに困惑と動揺が続いている。
(…行くべき?でも、約束が…)
本当は今にでも駆けつけたいのに、約束に縛られて動けない。
彼には誠実でありたい。
彼だけには誠実であらなければならない。
そういう暗示にも似たようなものが八重の中にはもう既に根付いている。
(日付が変わったらすぐ行こう。たぶんあと2時間もないはず…)
そんなことを考えているうちに脹相の緊張と動揺が再び強くなる。
八重の心臓も早さを増す。
理由もないのに冷や汗が出て、手が震える。
八重はこの感覚を知っている。
過去に一度だけ。
あの全てを見逃さない纏わりつくような目を思い出す。
(そんなはずはない…)
いくら夏油傑が加茂憲倫の縁者だとしても、その人は加茂憲倫ではない。
再び脹相が彼の手にかかることなどありえない。
頭ではわかっている。
しかし、身体が反応してしまう。
脹相から流れてくる感情がそうさせてる。
その間に脹相は怒りと使命感を燃やしている。
弟を想う気持ちは更に強い。
再び兄として奮い立っている。
(落ち着いて…私の感情が脹相さんの邪魔をしてはいけない…)
また戦闘は始まっているのだから、少しでも雑念を送るなど許されない。
八重は深呼吸を繰り返し、自分の感情には蓋をする。
しっかり戦闘の痛みを受け取れるように。
そして、渋谷方面から地響きにも似た轟音が響いてくる。
そちらを見ると、月明かりに向かって幾数もの呪霊が集まった柱が立ち登り、方々に散っていく。
何かが終わって、そして始まったのだと八重は悟った。