第21章 繋縛
痛みは日が変わった頃になると引き始め、夜が明ける前には欠片もなくなった。
後に八重の中に残ったのはそれ以前からの自らの心の痛みだけだった。
それも長くは引きずっていられない。
もうすぐ脹相がやってくる。
昨日の脹相の泣き顔が八重の脳裏を過ぎる。
それだけで、喉がヒュッと締まるくらいの感情が未だに八重の中に居座っている。
しかし無情にも階段上の扉が地上側から開けられる音がした。
階段を軋ませて下ってくる足音。
八重は閉じた喉元にゴクリと生唾を送り、こじ開ける。
足先から見え始め、白いTシャツ着ている以外は昨日別れたままに見える脹相が現れた。
「……お早うございます…」
八重はいつもどおり笑ったつもりだった。
それなのに脹相は顔を顰めたので、八重はすぐに笑顔を解いてしまった。
脹相は八重の前まで来ると泣いてはいないはずなのに涙を拭うように指の背で頬を撫でた。
「…痛みは?」
「…もう、ありません」
「そうか…」
そう言うと八重を通り過ぎてテレビの前のソファに座った。
しばらくつけっぱなしのテレビを眺めていたが八重が来ないのを不思議に思ったのか振り返った。
そして、「座れ」とだけ言ってまたテレビの方を見た。
仕方なくソファの隅に座って八重もまたテレビに向かう。
「どうして音を消しているんだ?」
無音声のテレビはチカチカと脹相の白い肌に様々な彩りを映しては消え、そして映す。
「…この部屋には時計がありませんので、時刻が分かるようにつけているだけなんです」
そう答えれば、脹相は「そうか」と言ってプツリとテレビの電源を消した。
意識の逃げ道を絶たれたように八重はハッとして脹相を見た。
しかし、脹相はもう何も映してはいない、いや、ソファに座る2人しか映していないテレビを見つめている。
「…昨日、『話をする』と言ったな?」
「……はい」
「何の話だ」
「……あなたのお聞きになりたいことを…」
八重は全てを話すつもりはない。
脹相が知りたいことだけに答えて、それ以外は煙に巻きたい。
それが不誠実だとしても、真実で脹相を繋ぎ止める気はないし繋ぎ止められるとも思っていない。
脹相も何をどう尋ねるか考えているようでしばらく黙っていた。