白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第13章 ○ 秋の入口は波乱の予感 ●
碁聖獲得の挨拶を終えたついでに、普段の生活圏とは異なる街を緒方は歩いている。かわいらしい雑貨店のショーウィンドウに目が止まる。星歌が好きそうだな、と思いながら店内へ入る。しばらくすると背後から声をかけられる。
「緒方くん、この頃よく会うわね?」
振り返れば例の彼女。イタリアンレストランでの再会からまだ2週間も経っていない。
「よかったら、お茶しない?」
笑顔で、今日が最後だからと言われ、緒方は渋々ながら近くのカフェへ足を伸ばした。
緒方はブラックコーヒー、彼女はハーブティーを注文した。
「私、結婚するの」
彼女は左手のダイヤをチラリと見せる。
「相手は緒方くんとは正反対。優しくて真面目で、すごく大事にしてくれる人」
緒方はカップを置き、静かに言った。
「おめでとう。幸せになれよ」
「…あの子のこと、幸せにしてあげてね」
「ああ、約束だ」
お互いに遊びだったとはいえ、相手が幸せになるというのは悪い気はしない。肩の荷が降りたような、そんな感覚もあった。
「最後のわがまま、家まで送ってくれない?」
気乗りはしなかったが、これで最後だ…と緒方は彼女を車に乗せる。駐車場に停めてあった車に乗ると、彼女は真っ赤な口紅を引き直し、アトマイザーを耳元に吹く。…星歌にはもっと淡い色が似合うな、と思いながら、緒方はその様子を横目に見ていた。
彼女の身支度が整うのを待ち、車が走りだす。
「…あの子も、この車に乗るの?」
「ああ」
「…じゃあ、ちょっとイタズラ」
助手席のシートを後ろにずらす。
「やめろ」
「最後の想い出にね」
彼女はイタズラっぽく笑う。
やがて彼女のマンションの前に着く。
「ありがとう。お互い、幸せになりましょうね」
彼女は穏やかな笑顔で言った。
「もう変なことしないよな?」
「ええ。私からの連絡を無視した仕返し、ちょっとしたかっただけ」
彼女は颯爽と降りて、振り返らずに手を振った。
「さようなら、緒方くん」
車内には香水の匂いが残る。緒方は窓を開けて風を入れながらエンジンをかけ直し、アクセルを踏む。もう完全に過去だ、緒方は自分に言い聞かせていた。