白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第9章 ○ 勝利のご褒美 ●
星歌を家に送り届けて緒方は1人、シャワーを済ませて冷蔵庫から缶ビールを取り出す。プルタブを引いて開けるときのプシュッという音が合図のように、緒方の頭の中では映画のセリフ「ご褒美」が繰り返される。星歌は笑顔で言った。
「碁聖戦に勝ったら…ご褒美、ほしい?」
最初は、特別な意味があるのかと思った。
「あんまり高いものはダメだけど…」
その言葉で、都合の良すぎる解釈だったか…と我に返った。…だが、普段は見ないような映画を選んだのは、星歌が「ご褒美」を提示したかったからではないのか?そもそも星歌が対局の勝敗について言及すること自体、今までにはなかった。そう思うと、また胸が熱くなる。あの映画を見せるために主演のアイドルのことを「割と好き」と言ったのかもしれないと考えると、嫉妬のような感情もスッと消えていくような気がした。
「何でもいいのか…?」
あのときの星歌の表情は少し困ったような、でも確かに、期待を持った瞳でもあるように見えた。欲しいもの…か。金で買えるもので、欲しいものなど特にない。オレが欲しいのは、星歌の笑顔だけだ。
星歌の香りが残るソファに深くもたれる。いつもここで、そっと肩を抱けば身を預けてくる。唇が触れるだけのキスは、もう何度かした。だが、それ以上は…。星歌が怖がるようなことは絶対にしたくない。経験の乏しい彼女のペースに合わせる。それが、好きだからこそのルールだ。
ふと、ひと月ほど前に見かけた、コンビニ前の女子高生たちの声が脳裏をよぎる。
「絶対痛いよね」
「ゴム着ければ平気だよ」
星歌は、ああいうタイプではない。オレたちは、オレたちのペースでいい。そう思いながら大きく深呼吸をした。ソファから立ち上がり、窓の外を見る。夏の夜空に星が瞬いている。
碁聖戦、乃木九段との5番勝負。勝てば、碁聖。星歌の笑顔を守るためにも絶対に勝つと決意をして、もう一度深呼吸をする。胸の奥のざわめきは、静かに、確かな決意へと変わっていた。