第12章 ※イタリアの空は、君を諦めない【REBORN ディーノ】
「……あ、私の荷物」
クローゼットの脇に、見覚えのある自分のスーツケースが置かれていた。
「宿の主人が預かっていてくれたんだ。君が戻るのを信じて、大切に保管してくれていたよ。……着替える間、俺は外で待っている」
ディーノが気遣わしげに部屋を出ていくと、は震える手でケースを開けた。
詰め込まれていたのは、イタリア旅行のために新調したお気に入りのワンピース。
数日前まではこれを着て、胸を高鳴らせて美術館や観光地を巡っていた自分が、遠い昔のことのように思える。
着替えを済ませて廊下に出るとそこにはディーノと、眼鏡をかけた実直そうな男性が控えていた。
「紹介するよ。俺の右腕のロマーリオだ。今日は彼も同行する」
「ロマーリオです。お体の具合はいかがですか。……道中、何かあればすぐに仰ってくださいね」
丁寧な挨拶には少し緊張しながらも「よろしくお願いします」と会釈を返した。
一歩屋敷の外へ踏み出すと、眩しいシチリアの太陽が昨夜までの悪夢を焼き払うように降り注いでいた。
石畳の道を歩き始めると、すぐに陽気な声が飛んでくる。
「よう、旦那! 今日もいい男だね!」
「ディーノ、こっちの店にも寄っていきなよ。旨いオリーブが入ったんだ」
ディーノはその都度、足を止めてにこやかに応じていく。
「ありがとう、マルコ。また今度ゆっくり寄らせてもらうよ」
街の人々とディーノのやり取りはマフィアのボスと市民というよりは、まるで親しい隣人同士のようだった。
歩いていると、広場のカフェから恰幅のいい女性が顔を出してニヤリと笑った。
「あら、ディーノ! 隣にいる可愛いお嬢さんは、あんたの彼女かい?」
「ははっ、マリアは相変わらず気が早いな。彼女は俺の、とても大切なゲストだよ」
「あらそう? お似合いなのにねぇ!」
そんな会話が、一度や二度ではなかった。
最初は「彼女」という言葉に、地下室での『ボスの女になれ』という強要を思い出して身を竦ませただったが、街の人々の言葉には嫌味や下卑た下心が一切ないことに気づいた。