第17章 いい子 ※
「………大人しく寝るから。……だめ?」
確信犯的な甘い眼差しに一瞬絆されそうになったが、軽く息を吐き、自分を律した。
ナマエにそのつもりがなかろうが、俺が俺自身の理性を これっぽっちも信用していないのだから、どうしようもない。
……それに、昨日 目の前で見せられた生々しい光景は、まだ消化しきれていない。
そんな状態で触れてしまえば、三日前の二の舞になることは分かりきっている。
「………お願い。今日は一緒に寝たいの。一人だと、嫌なこと思い出しちゃう」
しかし、俺の内情など露知らず、ナマエは俺の服を縋るように引き、声音を落として小さく呟いた。
今の俺たちにとって、"嫌なこと"というワードは確認しなくてもわかる。共通認識のようなものだ。
せっかくあの日の傷が癒えていたというのに、あの男は更に深い傷を付けてナマエの前から姿を消した。
去り際のアイツの表情は、ナマエを傷つけることで自分の存在を刻みつけて、その行為に快楽を感じていたように見える。
そして表面上は普通を装っていたものの、ナマエはアイツの狙い通り、心に鋭い刃物を突き刺されたまま俺を見下ろしている。
「……唇の感触も、舌の温度も、耳の奥に残った声も、音も、全部。…ぜんぶ、ぜんぶ、苦しいの」
微かに声が震えている。
最初は俺を誘うためだけに吐いていた甘い言葉は、いつしか自分自身を切り刻む刃となって、ナマエに跳ね返っていた。
「………たすけて、恵くん」
そんな声で懇願されて、そんな顔で見つめられて、断れるわけもなく。
「……こっち、来い」
「……っ」
俺はナマエの腰を引き寄せ、無理やり膝の上に乗せる。
そしてその記憶にこびりついた"嫌なこと"をすべて塗りつぶすように、ナマエの柔らかな唇を強引に奪った。