第10章 生きている証※
ハイキングコースに沿って暫く歩いてはみたものの、人影どころか呪霊の一匹も見えない。
それはつまり、この山には低級呪霊が寄り付くことすらできないほど、強力な呪霊が潜んでいるということだ。
「七海さん、もうすぐ日が落ちます。……どうしますか?」
「……そうですね。一度撤収し、明日の日の出と共に再度──」
七海さんが言いかけた、その時だった。
「っ……、死ねえええ!!!」
「「…!」」
私の背後から血気迫った男性の声が聞こえたその瞬間、七海さんに強く腕を引かれた。
そして脇腹のすぐ横を、鈍い光を放つ刃物が空を切る。
(危な……っ、)
七海さんがいなければ、確実に刺されていた。
私は危機一髪の奇跡にドクドクと激しく鳴る心臓を抑えながら、七海さんの腕の中で乱れた息を整える。
「クソッ、クソッ……!!!」
振り返ると、そこにいたのは資料で見た顔───最近この山で行方不明になった、遭難者の一人。
しかし、その瞳に宿っていたのは助けを求める光などではなく、どす黒い殺意と狂気だった。
「身代わりを連れて行けば、助けてもらえるのに……!!!」
「………身代わり?」
その単語を思わず復唱した。
それに反応したように男性は顔を上げ、今度は縋るように私を見つめる。
「そうだ!!アイツは俺を身代わりにして逃げやがった…!!だから俺も────あ゛ぇ」
目の縁に涙を浮かべながら、必死に声を荒らげる男性。
けれど、瞬きの隙間。彼の体は内側から膨れ上がるようにして、その場で無残に弾け飛んだ。
「あ………っ」
忘れていたわけじゃない。
けれど、改めて突きつけられた。
呪術師として生きるということは、この光景を──あの日、目の前で母が壊されたあの記憶を、何度も、何度も、強制的に引きずり出されることなのだと。
……私の手は、あの日から何も変わっていない。
指の隙間からこぼれ落ちていく命が、あまりに多すぎる。
「………発動条件のある術式をかけられていたようですね。 恐らく距離を無視した呪い── 一級以上とみて間違いないでしょう」
私の体を解放した七海さんは、返り血を拭うことさえせず、淡々と敵の情報を口にする。
こんな凄惨な現実を目の当たりにしてもなお、冷静に敵を分析できるその姿に、私はひどく感心した。